こうやって WirelessWire 連載を改めて取り上げるのは、期待したほどの注目を集めなくて悔しいからである(笑)。まぁ、期待値が高すぎるのでしょうが、その代わりワタシの文章に触発された文章がいくつか書かれているのでヨシとしよう。
ここで私はベンゼン環を思い浮かべながら「Facebook は meta じゃなくて para だったのか!」と膝を打ったのだった(笑) Danah Boyd さんがそれを狙って para- と付けたかどうかは分からないけど
Facebook は meta じゃなくて para だった [text.Baldanders.info]
これは思いつかなかったな(笑)。それにしてもダナ・ボイドの論文を取り上げられたのは良かったねー。
こちらは佐々木裕一さんの投稿経由で知った論文「Towards a Post-Social Media Studies」だが、これは知らなかったし、知ってたらなんとかして盛り込みたいと思ったろうな。
この論文は CC BY 4.0 ライセンス下で公開されているので、どなたか訳してみませんか?
小島アジコさんに取り上げてもらったのは嬉しいですね。
この記事とは少し違うけれども、SNSでのツイート、ポストは、「誰かわからない第三者」もしくは「フォローしている誰か」のツイートポストを読んでいるつもりでも、実際のところは、アルゴリズムを支配している『運営』のメッセージを読まされて、そして誘導されている。
SNSは結局そのSNSを作ってる人間のメッセージを読んでいるということ - orangestarの雑記
「SNSはほんとに健康に悪いよなあ」という結論には同感なのだが、もっと健康的なあり方を模索したいものだ(ネット断ち以外で)。
ソーシャルメディアと対比させた「コミュニティメディア」の話にはおっとなった。
コストがかかり、暇つぶし程度に利用する「砂」としてはソーシャルメディアと勝負にならず消え去ったコミュニティメディアですが、それでも人間にコミュニティは必要だ、というのが、近年考え続けていることの1つです。
SNSが好きだったことはない|heartlogic(小林祐一郎)
「めちゃくちゃ重要な話だ」と言ってもらえたのはありがたいですな。
さて、最後に角谷信太郎さんの元気いっぱいな投稿を引用させてもらおう。
現Xはインターネッツじゃなくなってションボリしてたけど、ここはソーシャルネットワークのゾンビアポカリプス!! と思うと俄然元気が出てきちゃうね。オレは最後のTwinkieを探すぜ https://t.co/OochVBXfqQ
— Kakutani Shintaro (@kakutani) May 13, 2026
人間かくありたいものだ(そして、次のエントリにゾンビ話が続く)。
