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WirelessWire News連載更新(風上の人――スチュアート・ブランドの数奇な人生)

WirelessWire News で「風上の人――スチュアート・ブランドの数奇な人生」を公開。

実は前回の「クリストファー・アレグザンダーと知の水脈の継承」を書く時点で、つまりは先月のはじめには次はスチュアート・ブランド並びに『Whole Earth』について書くと決めていたのだが、なかなか書きだせずにかなり苦労した。たまたま恵贈いただいた『天才読書』のおかげでなんとか書き出し始められた。

ワタシはやはり『ホール・アース・カタログ』以降の仕事に興味があるのだけど、スチュアート・ブランドの日記や手紙まで取材して、彼の人生を辿っているので、それ以前の、例えばトム・ウルフの『クール・クール LSD交感テスト』に書かれる60年代ドラッグカルチャーに関心がある人も面白いだろう。

『Whole Earth』は、既に(おそらくは服部桂さんによる)邦訳作業が進んでいると思うが、ドキュメンタリー映画のほうも配信でいいから日本で観れるようになってほしいところ。

さて、今回はとにかく準備(資料集め)に時間がかかり、それも影響してかなりの長さになってしまった。次回はタイトにまとめたいところ。

今回の文章はかなりの怒られが発生することが予想される。その理由を自分で書くのもなんなので、今回は材料に集めたが使えなかったものがいくつもあるので、その一つを紹介してお茶を濁しておく。

『Whole Earth』刊行を受け、ブランド自身も今年いくつかインタビューを受けているが、個人的に苦笑いしたのは NPR のポッドキャスト。ジャーナリストのマヌーシュ・ゾモロディからロング・ナウ財団について、一万年の時を刻む時計を実現する最大の支援者はジェフ・ベゾスだが、オンデマンド消費社会の王者である Amazon の創業者である彼は、長期的視点を持てないという現代人の問題に加担する側ではとツッコまれ、さらには倉庫労働者の職場環境や給料、また取引先の中小企業を簡単に切り捨てるお決まりの Amazon の問題まで叩き込まれ、ブランドは(ワタシから見れば)グダグダっぽい反論しかできてなかったりするのだが、こういう人間関係ひとつ見てもブランドが純粋主義者でないのが分かる。

「世界を変えた26行のコード」とは何か

thenewstack.io

"You Are Not Expected to Understand This" という新刊の編者である Torie Bosch へのインタビュー記事なのだが、この本の「あなたがこれを理解してくれると期待はしていない」という題名からして不穏だし、「いかにして26行のコードが世界を変えたのか」という副題も興味をそそる。これだけでつかみはオッケーである。

この題名を見てピンときた人もいるだろう。これはデニス・リッチー先生が UNIX v6 のソースコードに書いたコメントで、これについては Jargon FileWikipedia に項目が立っているくらい年寄りには有名で、デニス・リッチー自身も説明する文章を書いている。

つまり、この本はコードについての本で、コンピュータ上で動作するコードが人間的な意思決定の結果であり、いかに我々の生活がそれに依存しているか、それこそアポロ計画や前述の昔の Unix の話から、最初のコンピュータワーム(モリス・ワームの話とみた)から近年のビットコインにいたるまで語る本みたいで、これは面白い(現在に直結する)歴史物語をいくつも読めそうだ。

いろんな人が寄稿しているが、不勉強なワタシが知っているのはイーサン・ザッカーマンくらいで、おそらく彼はポップアップ広告の話を書いてるのだろう。……と思ったら、「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2021年版)」で紹介した『The Innovation Delusion』の共著者 Lee Vinsel も書いてるね。

おっと、ここまで読んでも「世界を変えた26行のコード」が何か分からないのだが、この本の邦訳が出るのを期待することにしよう。

ネタ元は Slashdot

テクノロジーによる民間と公的機関との協働を考える上で必読そうな『シビックテックをはじめよう』

安藤幸央さんのツイートで、シド・ハレル『シビックテックをはじめよう 米国の現場から学ぶ、 エンジニア/デザイナーが行政組織と協働するための実践ガイド』が出るのを知る。

wirelesswire.jp

ワタシも少し前に「公益テクノロジー」についての文章を書いているが、「シビックテック」と「公益テクノロジー」は多分に重なるところがあると思うので、この邦訳の刊行は喜ばしい。

ワタシの文章でも名前を出した Code for Japan の関治之氏、そしてワタシにとっての恩人である日本 Ruby の会の高橋征義氏が日本語版に寄稿しているのも的確な人選だと思うし。

フリッツ・ラングの名作『メトロポリス』はとっくにパブリックドメインじゃなかったの?

boingboing.net

フリッツ・ラングの代表作『メトロポリス』が来年2023年1月1日にパブリックドメイン入りするよという話題だが……え? 『メトロポリス』ってとっくにパブリックドメインじゃなかったの?

ワタシは大久保ゆうさんが字幕をつけたバージョンを既に観ているぞ。

これにはもちろん理屈があるのだと思うが、あとひと月も経たずにどちらにしろパブリックドメインになるのだから、あまり深く考えないことにする。

しかしなぁ、ワタシは2年前にもF・スコット・フィッツジェラルド『グレート・ギャツビー』のパブリックドメイン入りについて書いているが、こういうのはなんとも悩ましいものがある。

ビル・ブルーフォードの日本の音楽シーン評:日本には批判的思考がほどんどない

yamdas.hatenablog.com

ビル・ブルーフォードが2009年、60歳になったのを機に音楽業界をすっぱり引退してしまったのはご存じの通りだが、昨年はBlack Midi のモーガン・シンプソンと対談を行ったり、今年に入って自身の YouTube チャンネルを開設し、彼が所属したキング・クリムゾン、イエス、UK といったバンドの映像、そして自身のバンドの動画をアップロードして楽しんでいる。

時間的余裕があるのか、これらの動画にはブルーフォード自身が演奏の背景などを解説するコメントを書いていて、読んで唸ることがある。

最近は、ジェフ・バーリンと参加した渡辺香津美のアルバム『Spice Of Life』後のライブ映像をアップロードしているが、これにつけているコメントにまたしても唸った。少し訳してみる。

80年代と90年代、私は日本に何度も――時に年2回――行ったものだ。90年代半ばに日本経済が崖から落ちるまでの話だけど。日本は働くのに素晴らしい国で、人々は極端なまでに礼儀正しい。しかし、日本の音楽シーンには西洋で見られるような批判的思考がほどんどなく、アルバムやコンサートの評やインタビューを読んでも、その音楽についてどう考えているか知ることができなかった。

果たしてその状況は、数十年経って変わったと言えるだろうか。

そういえば、ビル・ブルーフォードといえば、今年は彼のキャリアを網羅するCD6枚組アンソロジーが出ていたね。

cakesに掲載された「ネット×ジャーナリズムの歴史とその最新潮流としてのデータジャーナリズム」をサルベージした

cakes に掲載された「ネット×ジャーナリズムの歴史とその最新潮流としてのデータジャーナリズム」を自分のサイトにサルベージした。

なにせ2012年9月に公開された、つまりは10年以上前の文章であり、現在的な価値はゼロだと思うが、cakes のサービス終了を受けて HTML ファイルをいただいたので、本家サイトにあげておく。

ファイル中の不必要な装飾箇所をできるだけ削除して、あと Amazon アフィリエイトをワタシのものにセコく変えた以外は内容には一切手を入れていない(ので文中のリンク先は大方もはや飛べなくなっている。南無)。

kabumatome.doorblog.jp

cakes を運営していた note は先日上場を果たしているが、ずっと赤字とは知らなかった。

あえてリンクはしないが、ワタシも一度だけお会いしたことのある元従業員で後に優れた文筆家になられた方が今年書いた文章を読んでから、note 株式会社について言及したい気持ちがなくなっている。

ロシアのサイバー戦争の内実に迫るアンディ・グリーンバーグ『サンドワーム ロシア最恐のハッカー部隊』が来年出る

アンディ・グリーンバーグの本は「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2022年版)」でも取り上げているが、そこでも名前を触れている前作の邦訳が『サンドワーム ロシア最恐のハッカー部隊』として来年出るのを知る。

角川新書から出るようだが、新書とは思えないような価格設定になってますな。

内容は、ロシアが世界(主にウクライナ)にしかけたサイバー戦争の内実に迫るもので、これは今年出るべき本でしょう。再度、カタパルトスープレックスの書評も参考までリンクしておく。

著者のアンディ・グリーンバーグは Wired のシニアライターなのだが、今年 Wired.jp で訳されただけでも以下のロシアによるサイバー戦についての記事を書いている。

2022年はロシアによるウクライナ侵攻がもっとも大きな世界的トピックだったわけだが、ワタシなど以前からロシアのハッカー部隊の恐ろしさというのをやたらと聞かされており、はっきりいってウクライナはロシアハッカーの練習場状態という話に慄いたものである。

で、実際アンディ・グリーンバーグの Wired の記事にもあるようにロシアハッカーの暗躍はあったのだろうが、以前から聞いていた話のレベルからすると、あんまりウクライナに対するサイバー攻撃が大きな成果を挙げたという話も聞かない。

これは単にワタシが知らんだけかもしれないし、ウクライナがよく頑張った現在の戦況からくるイメージが影響しているのかもしれないが、2022年におけるロシアのサイバー戦についてもいずれはノンフィクションの題材になったりするのだろうな。

アテンションエコノミーへの反逆『何もしない』に続き、ジェニー・オデルは「時は金なり」に反逆する

www.teamhuman.fm

こないだ新刊を取り上げたダグラス・ラシュコフの Team Human ポッドキャスト『何もしない』で多くの人を震撼させたジョニー・オデルが出ているのに気づいた。

彼女のことを調べたところ、来年春に新刊 Saving Time が出るのを知る。

『何もしない』はアテンションエコノミーへの反逆がテーマだったのだが、果たして新刊のテーマは何か?

それは「時は金なり」という現代に生きる我々の通念に対する異議申し立てである。この本のページから少しだけ訳してみる。

我々の多くが中に収まろうと自分を歪める企業の時計に支配された日常生活こそが、我々を破壊しているのだ。企業の時計は、人間のために作られたものではない。利益のために作られたのだ。

この本は、そうした利益を一義とする企業の時計(corporate clock)から人間らしさを取り戻すことを訴える本ということですね。この本でもバードウォッチングの話がありそうだぞ。

新刊のタイトルの Saving Time とは「時間を節約する」という意味ではなく、「時間を救う」ことであり、それにより時間が私たちを救うということみたい。

さて、来年中に邦訳が出ますでしょうか。

ページ読み込みサイズが10キロバイト以下なウェブサイトを集めた10 KB Clubとウェブページ肥大化問題

10kbclub.com

ウェブサイト、特に有名サイトのトップページが昔に比べて肥大化しているという話は定期的に話題になる。

この問題の最新状況については、Web表示スピード研究会の「ページ容量が肥大化し続けるこの10年で私たちは何を学んだのか?」が詳しいが、10 KB Club はファイルサイズが10KB以下のサイトを集めている。

このクラブに入るには、特定のサイトのトップページをアドブロッカーやスクリプトブロッカーを有効にしないでウェブブラウザで開き、ロードされるのが10240バイトを超えないことが条件になるわけだが、他にもいくつか条件があるので詳しくはそちらを見てくだされ。

GitHub でこのサイトを作成するコードを MIT ライセンスで公開されているのが今どきなんでしょうね。

そういえば、ワタシの本家サイトのトップページも、HTML ファイルだけなら10KB未満なのだが、画像ファイルもあるからクラブには入れませんな。

ネタ元は Boing Boing

モンティ・パイソンの「ワールドフォーラム(コミュニストクイズ)」スケッチのニュアンスを解説する

anond.hatelabo.jp

この投稿に対するはてなブックマークのコメントを見ると、元投稿の趣旨への反論や、このスケッチの面白さが分からんという声があるので、このスケッチのニュアンスを軽く解説してみる。

このスケッチの初出は、テレビ番組『Monty Python's Flying Circus(空飛ぶモンティ・パイソン)』の第2シーズン12話(1970年12月15日放送)である。この第2シーズンは『空飛ぶモンティ・パイソン』の頂点とされており、同じ回では有名な「スパム」スケッチも収録されている。余談ながら、同じ回に含まれる第一次世界大戦のスケッチで、残り少ない食料のために誰かピストル自殺して犠牲にならなければならず、その犠牲者を選ぶためにくじ引きをするも、何度やっても自分が当たることに業を煮やした少佐(グレアム・チャップマン)が苦し紛れに、「生き残りたいヤツは両手を挙げろ!」と叫び、既に両手を失っていた牧師(ジョン・クリーズ)に押し付けようとするのが身体障害者差別と問題になったようで、日本で『空飛ぶモンティ・パイソン』が最初にソフト化された際に未収録だったことでも日本のパイソニアンには知られる回である。

さて、「ワールドフォーラム(コミュニストクイズ)」スケッチだが、はてなブックマークのコメントで何人かが挙げている非公式アップロード動画は、1980年にハリウッドボウルで行われたライブ映像(以下、ライブ版)で、『空飛ぶモンティ・パイソン』でのバージョン(以下、テレビ版)と少し内容が違う。それについても以下で触れる。

エリック・アイドル演じる司会者が、テリー・ジョーンズ演じるカール・マルクスに第一問を出す際、最初に「The Hammers」と言って少し間を置く。この時点で視聴者は、共産主義のシンボルである鎌と槌の「ハンマー」についての質問だと思う。しかし、司会者は続けて「ハンマーズがニックネームの英国のサッカーチームは?」という、共産主義とまったく関係ないサッカーについての質問をするのが笑いどころである(正解はウェストハム・ユナイテッドFC)。

次に司会者は、ライブ版ではマイケル・ペイリンが演じるチェ・ゲバラに「コヴェントリー・シティFCFAカップで優勝したのは何年?」と質問するが、チェ・ゲバラはもちろん、他の誰も分からない。そこで司会者が「分からなくて正解です。これはひっかけ問題で、コヴェントリーはFAカップで優勝したことなどありませんから」と言うのだが、これは元々はコヴェントリー・シティFC(のサポーター)に対するイジリであったろう(現実には、コヴェントリー・シティFCは後年1987年にFAカップを制している)。ただ、ライブ版ではこれに別のニュアンスが加わると思うので後述する。

実はこの次のウラジーミル・レーニン(ライブ版ではジョン・クリーズ)に対する質問が、テレビ版とライブ版で異なる。テレビ版で聞くのは1959年のユーロビジョン・ソング・コンテストの英国代表の曲名だが、ハリウッドボウルでのライブ版では(今年亡くなった)ジェリー・リー・ルイスの最大のヒット曲である。テレビ版でもライブ版でも嬉々として回答するのが毛沢東(ライブ版ではテリー・ギリアム)というナンセンスさが笑いどころだが、はてな匿名ダイアリーの投稿における「出題される問題は、英国サッカーのチームや選手に関するものばかり」という記述は厳密には正しくないし、元投稿者の「追記」もちょっとおかしい。

テレビ版とライブ版の質問の違いの意図は明らかである。つまりはライブ版は、客であるアメリカ人に合わせて変えている。しかし、このスケッチの根幹であるサッカーネタはそのままである。それでこのスケッチをアメリカでやるのは、(今より遥かにサッカーの認知度が低かった)アメリカ人オーディエンスに対する「お前ら笑っているけど、サッカーのこと何も知らんだろ?」という揶揄でもあったと思うのだ。

そうしたモンティ・パイソンの攻撃性を踏まえると、はてな匿名ダイアリーの投稿における「このモンティ・パイソンのコントが風刺しているのは、要するに「共産党は『労働者の味方です』と言うけど、それは嘘八百だよ。その証拠に彼らは、労働者の一大娯楽であるサッカーのことも知らないでしょう?」と、そういうことである」という解釈は、必ずしも的外れとは言えない。

その傍証として、須田泰成モンティ・パイソン大全』の193ページから194ページにおける、「コミュニストクイズ」の第一問に関する記述を引用する。

このチームは、ロンドンの下町イースト・エンドにあるクラブで、かつてテームズ河が貿易港であった頃、造船所の労働者を中心に設立。その後、荒くれ揃いで知られる荷役を運ぶ単純労働者たちが熱心にサポートしてきたという伝統を持っている。このウエスト・ハムのことなどは、いってみればイギリス労働者の常識。パイソンズの本音は、「おいマルクスさんよ! 労働者の味方ぶっているくせに、そんなことも知らねえのか、バカ野郎!」だというわけなのだ。

またしても余談だが、個人的にはウェストハムというと、ブレイディみかこさんの「フットボールとソリダリティー」という文章を思い出す。

さて、上でサッカーネタばかりと思わせてポップソングネタを交えていることを書いたが、実はこれが最後のカール・マルクスへの豪華応接セットをかけたクイズで効いてくる。

マルクスが選んだのは工場労働者に関するクイズで、最初に2つ投げかけられる質問は、いずれも『共産党宣言』から引用されており、その共著者であるマルクスには楽勝である。回答者とミスマッチなサッカーネタばかりと思わせてポップソングネタ、その後は彼らの本業に関する質問が続くのかな? と思わせて、「1949年のFAカップの優勝チームは?」で、やっぱり最後はサッカーネタでマルクスが答えられない、というのがオチになってるわけです。

なお、テレビ版のこの回はこの後、マルクスゲバラの熱烈なラブシーンがちょっと映るし、そして番組の最後はマルクスゲバラが裸でベッドインしているシーンで終わります。

モンティ・パイソンは、王室だろうが、政治家だろうが、宗教者だろうが、上流階級だろうが、庶民だろうが、身体障害者だろうが死者だろうが遠慮なく笑いにした。共産主義者も例外ではない。もちろん、その攻撃性を不快に思う人もいるだろう。ワタシも昔、「モンティ・パイソンと差別と検閲」という文章を書いているが、モンティ・パイソンが自分たちにとって都合の良い笑いだけを提供してくれるとは思わないことだ。

ある男

平野啓一郎原作は珍しく読んでいて、それも今は亡き cakes での公開時に読んでいる。

ウェブで連載される小説を読み通すのはワタシには難しいのだけど、『ある男』を読み通したということは、これが優れた小説だったからと言ってもよいだろう。ただ、個人的にはこの小説における在日朝鮮人差別への何人かの登場人物の向き合い方がいささか図式的すぎるように思われて、手放しに賞賛できないところも少しあった。

で、その映画化なのだけど、石川慶監督の映画を観るのは初めてである(『蜜蜂と遠雷』は少し前に BS プレミアムでの放送時に録画したが未見)。これはかなり忠実な原作の映画化であり、そして正直、映画化にあたっては省略の対象になるのかなと思っていた在日朝鮮人差別の問題もそのままで、そして意外なことに(と書くのは失礼かもしれないが)ワタシにとっては今年映画館で観た映画の中でもっとも良い作品だった。

役者では安藤サクラが予想通りぴったりだったが、やはり、本作における悪役を演じる柄本明がすごかったねぇ。刑務所での面会シーンがとてもよく撮れていたように思う。

主人公を演じる妻夫木聡がなかなか出てこないという作りも、原作を読んでいるだけに新鮮に感じられた。

マーク・ザッカーバーグやイーロン・マスクなどのテック億万長者の危険な生き残り思想を論じるダグラス・ラシュコフの新刊

courrier.jp

コリイ・ドクトロウPluralistic で紹介されているのを見てから、ダグラス・ラシュコフの新刊 Survival of the Richest を取り上げようと思いながら、微妙にチャンスを逃していたのだが、ありがたいことにクーリエ・ジャポンで記事になっていた。

ダグラス・ラシュコフの新刊は、2018年に彼が5人の謎めいた億万長者から砂漠のリゾートに招待されて、これから来たる社会の大惨事をどう生き抜くか相談を受けた話から、火星探査、AI フューチャリズム、メタバースといったトピックがこの「世界でもっとも富める者の生き残り」に結びついているかを論じ、そうした富める者たちの利己的な生き残りファンタジーではなく、人間のコミュニティ、相互扶助の意義を問い直す本である。

これは、それを活用できる人にとってはデジタル天国だが、取り残された私たちにとってはまったく別のものだ。すべてをデジタル化できると信じる人々は、自分自身をもメタ化してデジタル形態に変換し、人工知能やマインドクローンとしてその領域に移住することを目指す。そこでは物理的な空間ではなく、デジタル地図の中で生活し、気に入らないものは消去していく。

私たちが所有するGPSマップがすべてを表示するわけではないのと同様に、彼らが移住したデジタル世界には、貧困や汚染など私たちが対処しなければならないものは何もないだろう。この物語は、相変わらず金持ちや賢い人などによる「脱出」だ。一般人には関係がない。

ダグラス・ラシュコフ「いつからデータは人間よりも価値を持つようになったのか」 | 新著『サバイバル・オブ・ザ・リッチェスト』で書かれたこと | クーリエ・ジャポン

このくだりなど、「メディアとしてのメタバースのメッセージを(ニコラス・カーが底意地悪く)読み解く」で書いた、マーク・ザッカーバーグやマーク・アンドリーセンの思想についてのニコラス・カーの分析にかなり近いと思うのよね。

また、イーロン・マスクによる Twitter 買収後のごたごたに付随して、彼の危険性もだいぶ周知されたように思うが、ラシュコフの論の射程にはもちろん火星移住計画を進めるイーロン・マスクも入っている。

ダグラス・ラシュコフも一時期はほとんど邦訳が出なくなっていたが、最近は堺屋七左衛門さんの翻訳で『ネット社会を生きる10ヵ条』や『チームヒューマン』が出ているので、この新刊も邦訳が出てほしいところ。

ビットコイン決済を高速かつ安価にするライトニングネットワークについての決定版となる本の邦訳が来月刊行

yamdas.hatenablog.com

一年半以上前に紹介した Lightning Network についての本の邦訳『マスタリング・ライトニングネットワーク』が来月出る。

何しろ Andreas M. Antonopoulos が共著者なので内容に安心感があり、これがライトニングネットワークについての決定版となる書籍となるのは間違いない。

『ビットコインとブロックチェーン:暗号通貨を支える技術』『マスタリング・イーサリアム』に続く本書で、Andreas M. Antonopoulos 三部作のすべてについて邦訳が揃うことになる。

そうそう、以前のエントリでこの本の原書が GitHub で全公開されていることは触れたが、来年1月にはライセンスが CC BY-NC-ND から CC-BY-SA に変更され、自由度が上がる見込みとのこと。

英国を代表する音楽番組「ジュールズ倶楽部」が30周年を迎えていた

www.bbc.co.uk

旧聞に属するが、英国を代表する音楽番組「Later... with Jools Hollandジュールズ倶楽部)」が番組開始から30周年を迎え、それを記念したコンサートが開催されている。

少し前に「英国放送協会で放送された偉大な音楽パフォーマンス100選」というエントリを書いたが、その中にもこの番組でのパフォーマンスが多数入っている。

「トップ・オブ・ザ・ポップス」をはじめ、BBC で放送される音楽番組には長寿番組がいくつもあるけれど、しかし、個人の名前を冠した番組がここまで続いているのはすごいことだ。

番組開始時は正直、「なんでスクイーズの鍵盤奏者が番組持つの?」程度の認識だったが、ジュールズ・ホランドは今や英国音楽業界を代表する名士である。

そろそろまた番組のベスト選のパッケージ化を期待したいところ。

カズオ・イシグロが好きな映画は何か

faroutmagazine.co.uk

東京国際映画祭で上映された黒澤明の『生きる』のリメイク『Living』を観た人の好評を Twitter でいくつか見た。なにせビル・ナイ先生主演ということで、ワタシも日本公開が待ち遠しいのだけど、このリメイク作の脚本がノーベル文学賞作家カズオ・イシグロなのも話題になっている。

彼が映画の脚本を手がけるのは初めてではないが、思えば彼がどんな映画が好きなのか知らなかったりする。ちょうどよいところにそれをまとめた記事を見つけた。

カズオ・イシグロが好きな映画で分かっているのは、以下の10本のようだ。公開年順に並べた。

けっこう掴みどころのないリストという感じで、それはワタシがこの10作のうち半分しか観てないからというのもあるが、『ナイト・オン・ザ・プラネット』を除けば半世紀以上前の作品というのも大きい。さすがに最近の映画を観てないわけもないだろうから、その中で新たにお気に入りの映画を誰か聞き出してほしいところ。

カズオ・イシグロと映画と言えば、『裏切りのサーカス』について「ぼくはあれ、筋がほとんどよくわかんなかったよ」と少し悲しそうな顔で言った話を村上春樹が書いていて、カズオ・イシグロでも分からんかったのか、と妙なところで安心した覚えがある。

それはそうと、『Living』の日本公開はいつなんだろうな? 早く観たいぞ。

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