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ブリュースター・ケールの書籍版『Walled Culture』序文を訳してみた

Technical Knockout書籍版『Walled Culture』序文を追加。Brewster Kahle の文章の日本語訳です。

こないだ「ブログメディアで頑固一徹に著作権の問題をえぐるグリン・ムーディの尊さ」を書いたのだが、期待したほどの注目を得られなくて残念だったので、ブリュースター・ケールによる書籍版『Walled Culture』の序文を訳してみた。

すごく短いし、驚くような内容でもないのだが、ブリュースター・ケールの文章もひとつ訳してみたかったので、ちょうどよい機会だった(彼のインタビューはマガジン航でひとつやっているが)。

彼の文章では、Our Digital History Is at Risk を訳したかったのだが、Internet Archive のブログって、以前は CC ライセンスが明示されてたような気がするのだが、それが見当たらないのよね。

何しろ書籍版『Walled Culture』のライセンスは CC0 のパブリックドメインだからねぇ。ところで、今回これを訳すためにライセンスの記述を確認したところ、

This worked is licensed under a Creative Commons CC0 1.0 Universal (CC0 1.0) Public Domain Dedication license.

とあったのだが、「worked」って「work」の誤植じゃなかろうか。

こないだも書いたように、Walled Culture のサイトで、書籍版の PDF、ePub、mobi ファイルをダウンロードできますので。

「機械の中の幽霊」ならぬ「AIの中の幻覚」? AIの「ハルシネーション」について考える

xtech.nikkei.com

中田敦さんが厳しい論調の文章を書いている。

これに対して、楠正憲さんが「自動運転と違って人命に関わる訳でもなく」と反応しているが、正直これには驚いた。楠正憲さんも2016年の WELQ 騒動を知らないわけはあるまい。検索結果は人命にかかわると言えるのではないか。

この騒動を機に、医師会やジャーナリスト団体が主催する「検索に関する勉強会」に講師として呼ばれる機会がとても増えました。そのとき、「検索エンジンにあがっている誤った情報を患者が信じ込んでしまい、こんなに大変なことが起きている」と、苦しんでいる当事者を目の当たりにしたんです。まるで私がGoogleの中の人間かのように非難を浴びたこともありました。

辻正浩氏が語る、SEOに携わる者の責務と未来 - Marketeer(マーケティア)

ワタシの意見は、「この問題を過小評価している人が多すぎる」という星暁雄さんに近い。

「この問題」とは AI が間違った事実をでっちあげる「ハルシネーション(hallucination、幻覚)」のことである。ワタシ自身の立場は上に書いた通りなのだけど、この「ハルシネーション」についての少し違った角度の意見も紹介しておきたい。

www.oreilly.com

オライリー・メディアのコンテンツ戦略のバイスプレジデントを務め、ワタシもこれまで何度も文章を紹介してきたマイク・ルキダスが、ズバリこの「AIのハルシネーション」をタイトルに冠した文章を書いている。

ルキダスは、自分が AI 生成のアートに批判的だったのは、それが派生物、二次創作(derivative)だったからという話から始める。AI は既にレオナルド・ダ・ヴィンチみたいな絵、バッハみたいな音楽は作れる。しかし、「~みたいな」作品は本家があれば十分であって、自分が求めるのは既存の音楽と異なる、それこそ音楽業界を恐怖に陥れるような破壊的なものであり、これまでの生成 AI にそういうものを感じたことはなかった。

そこで出てきたのが ChatGPT。まだ「創造性」とは言えないが、その可能性を感じる、とルキダスはあるエピソードを紹介する。

ある人が、他の人が書いたソースコードがよく分からなくて、ChatGPT に説明を求めた。「インチキAIに騙されないために」にも書いたが、史上最高の「デタラメ製造機(bullshit generator)」と ChatGPT を断じるアーヴィンド・ナラヤナンらも「コード生成とデバッグ」には使えるとお墨付きを与えている。この場合も ChatGPT は実に見事な説明をしてくれたという。

……が、どうもおかしい。なぜか? ChatGPT が説明してくれた機能は、元のソフトウェアには存在しなかったのだ!

しかし、確かに ChatGPT の説明自体は理に適っている感じで、その機能は実装できそうなものだった。

これについてルキダスは、そのでっちあげられた機能は AI の「ハルシネーション」なのだが、これは創造性ではないかと書く。確かに人間の創造性とは異なるが、それでも創造性には違いない。

そしてルキダスは、AI の「ハルシネーション」を創造性の予兆と考えたらどうだろうと挑発する。AI の「ハルシネーション」、つまり AI がでっちあげたものだが、存在しないものを作ることこそが芸術の本質ではないか。

ただここで注意しなければならないのは、ランダムに「新しい」ものを作り出せばいいというのではないこと。人間の芸術は、その芸術分野の歴史と密接に結びついている。

ChatGPT のような AI を訓練して、「ハルシネーション」を間違いとして潰すのではなく、よりよい「幻覚」を見せるように最適化したらどうなるだろう、とルキダスは書く。文学のスタイルを理解し、そのスタイルの限界に挑戦し、新しいものへと突き進むモデルを構築することは可能だろうか。それと同じことを他の芸術分野でもできるだろうか。

ルキダスは、数か月前なら自分はその問いを否定しただろうが、今は考えを変えているという。ニュース記事を作成するアプリが作り話をしたらそれはバグだろうが、作り話は人間の創造性には欠かせない。ChatGPT のハルシネーションは、「人工的な創造性(artificial creativity)」の頭金なのかもね、とルキダスは締めている。

うーん、正直その発想はなかった。ヤン・ルカンが書くように「LLMはでっち上げをしたり、近似的な回答をしたりする」「LLMの欠点は人間のフィードバックによって軽減できるが、修正はできない」なら、その「でっち上げ」が活きる分野に最適化してみては、というのは面白い視点といえる。

AIが生む新たな非正規雇用と貧困の「ゴーストワーク」についての本の邦訳がようやく出る

yamdas.hatenablog.com

メアリー・グレイとシド・スリの『Ghost Work』については3年近く前に取り上げているが、GAFA に代表される巨大テック企業の人工知能の「魔法」のような機能を実現する裏で、膨大な量の学習データをひたすらラベル付けする安月給の人間のホワイトカラー非正規労働者が、日常的にサービス残業を強いられ、労働条件に対する要求が繰り返し退けられてきた話は、現在もなくなってはいない。

そう、少し前に書いた「インチキAIに騙されないために」でも、アーヴィンド・ナラヤナンらは「AI報道で気をつけるべき18の落とし穴」として、AI ツールの技術的進歩を持ち上げる一方で人間の労働を軽視する、この「ゴーストワーク」の問題を挙げている。

さて、調べ物をしていて、この本の邦訳が4月に晶文社から出るのを知った。

原書が出たのが2019年春なので、およそ4年のタイムラグだが、これは今なお価値のある邦訳刊行に違いない。

マリアナ・マッツカートの新刊はコンサルタント業界をぶった斬る

マリアナ・マッツカートというと、新年に放送された「欲望の資本主義2023 逆転のトライアングルに賭ける時」にも出演していたが、来月に共著の新刊 The Big Con が出ることを知る。

「大きな詐欺」という書名、そして「いかにコンサルティング業界がビジネスを弱体化し、政府を無力化し、我々の経済を歪めているか」という副題から明らかなように、1980年代以降の新自由主義の波に乗ったコンサル業界の悪を糾弾するものである。

これは山形浩生への意趣返しでしょうか(冗談です)。

ステファニー・ケルトンなどが推薦の言葉を寄せていますな。

詳しい情報は、マリアナ・マッツカートのサイトのページを参照ください。共著者は、マッツカートが博士号の指導教官を務めた教え子みたい。

ライブ用耳栓を使うのが失礼もなにも、ミック・ジャガーも使ってるぞ

www.j-cast.com

旧聞に属する記事だが、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインみたいにライブの客に耳栓を配る話を知る者としては、「ライブ用耳栓を使うのは失礼」ってどういう価値観なんだと不思議に思ってしまう。

まぁ、マイブラはちょっと特異かもしれないが、これで思い出した話があるので、1989年からおよそ15年読者だった雑誌 rockin' on の過去記事をとりあげる「ロック問はず語り」、今回は1990年2月号に掲載されたローリング・ストーンズのツアー取材記事を紹介させてもらう。

この記事は、ストーンズとの交流も長いジャーナリストのリサ・ロビンソン(この記事における、彼女が目撃した1970年代中盤のストーンズのツアーにおけるラリラリぶりについての記述も興味深い)が1989年の久方ぶりのストーンズの全米ツアーを取材したものであり、この号が発売されてまもなく1990年の初来日公演が実現している。

この記事の中で、ミック・ジャガー(この号の表紙も彼)がライブ用耳栓について言及しているくだりがある(引用中の「M」はもちろんミックのこと)。

 楽屋裏に戻るとチャーリーはコーヒーをすすり、キースは玉を突き、キースのマネージャーが新しく買ってきた耳栓をいじっている。
「俺もこういう耳栓を使ってるんだぜ。この人の雇主のせいでな」と言いながらミックはキースのマネージャーを指差す。
M「全く音がでか過ぎるってんだよ。この間なんか少し音量を下げてくれたもんだから、俺もつい嬉しくなって駆け寄って思いっきりキスしてやったんだ。案の定、キースは何のことやらさっぱりわからず目を丸くしてたけどね」

ライブ用耳栓を使うのが失礼もなにも、お前、ミック・ジャガーにも同じこと言えるの? という話だった。彼が耳栓を使うのは、単純に「キースのギターの音がでかいから」というのは笑える。具体的には忘れたが、この後にもミックが耳栓についてインタビューで言及したのを読んだ覚えがあり(キースのギターの音がでかいので、彼がいる側だけ耳栓をつけていると語っていたような)、その使用はこのときだけではなかったはず。

そうそう、ストーンズといえば、豪華ゲストを招いた2012年のライヴを収録した『GRRRライヴ!』が出たばかりですな。結成50周年ツアーというのもこないだの話みたいに思えるが、思えばもう10年以上前の話なんだな。

WirelessWire News連載更新(ブログメディアで頑固一徹に著作権の問題をえぐるグリン・ムーディの尊さ)

WirelessWire News で「ブログメディアで頑固一徹に著作権の問題をえぐるグリン・ムーディの尊さ」を公開。

今回は Walled Culture 並びにグリン・ムーディをフィーチャーしている。昨年秋に PDF ファイルをダウンロードしてままになっていた書籍版『Walled Culture』を年明け読み、よしこれをネタにしようと決めたのだが、そのうちP2Pとかその辺のお話Rheatwave_p2p さん(通称、熱波ちゃん)による Walled Culture のエントリの日本語訳がばんばん続いたため、これ幸いと文中で執拗にリンクさせてもらった。

熱波ちゃん、ありがとう!

Amazon では Kindle 版も99円で売っているが、Walled Culture のサイトで PDF、ePub、mobi 形式で無料でダウンロードできるので、紙版がほしい人でなければ、公式サイトから入手しましょう。

さて、昨年夏に WirelessWire News 連載を再開させ、今回で10回書いたことになる。実は、昨年のうちに10回分の原稿料を前払いでいただいていたのだが、今回でノルマを果たし、これで借りがなくなったことになる。

ここで300回分くらい原稿料を前払いしていただき、プレッシャーでワタシを押しつぶしていただきたいですな!(冗談です)

カオスエンジニアリングの情報セキュリティへの適用がテーマの本が夏に出る

カオスエンジニアリングとは何か? ご本尊にある定義は以下の通り。

カオスエンジニアリングは、システムが本番環境における不安定な状態に耐える能力へ自信を持つためにシステム上で実験を行う訓練方法です。

カオスエンジニアリングの原則 - Principles of chaos engineering

もう少しかみ砕いた定義は以下のあたりか。

カオスエンジニアリングはわざと本番システムの一部に障害(サーバーダウンや応答遅延)を起こしてすぐ自動復旧させることを繰り返し、本当の障害発生に備える運用方法である。

3分でわかる カオスエンジニアリング | 日経クロステック(xTECH)

現実の事例で言えば、Netflix がこの手法で Amazon Web ServicesAWS)の大規模障害を乗り切ったことで知られる。これについては「AWS大規模障害を乗り越えたNetflixが語る「障害発生ツールは変化に対応できる勇気を与えてくれる」」を参照いただきたい。

本番システムで実際に障害を起こして自動復旧を繰り返すという手法は、常に攻撃にさらされた中で安全なシステムを設計、構築、運用することを求められる情報セキュリティ分野にこそ有用ではないかと以前からぼんやり思っていた。ワタシの他にもそう考える人が多かったのか、オライリー本家から Security Chaos Engineering という本が今夏に刊行予定なのを知る。

円安は昨日今日に始まった話ではないが、これの価格には言葉を失った……。

オライリー・ジャパンからは昨年『カオスエンジニアリング』というズバリな本が出ているが、来年には上記の本の邦訳『セキュリティ・カオスエンジニアリング』が出てほしいところ。

アンリ・ベルクソンは熱狂的な女性ファンを集めた最初の哲学者だった?

aeon.co

20世紀のはじめ、フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは世界的な有名人だった。彼の名声は著書『創造的進化』で一気に高まり、世界的なベストセラーになったのだが、彼がパリのコレージュ・ド・フランスで講義を行うたびに大変な騒動になったらしい。講義室には収容人数のおよそ倍の700人もの人が押し寄せたとのこと。

彼の名声は世界的で、ロンドンで行った講義も大入り満員の大歓声で迎えられ、ニューヨークを訪れた際にはブロードウェイで初の交通渋滞を引き起こした……ってマジかよ!

ベルクソンがそんな「セレブリティ」だったとは知らなかったな。さらに驚くのは、彼の聴衆のほとんどが女性だったこと。ベルクソンの講演会場は大変な熱気で、何人もの若い女性が体調を崩して会場外に連れ出されたそうだが、まるでアイドルのライブの話みたい。フランスの新聞は、ベルクソンの哲学講義の厳粛さとそのファンの女性たちの軽薄さを対比させ、ベルクソンの女性ファンを「カイエット」(小鳥の一種、軽薄なおしゃべり女の意味)とか「スノビネット」(哲学を学ぶより流行りの場に行くのに関心がある無知な社交家の意味)とか呼んで面白おかしく書きたてたそうな。

そうして、ベルクソンの哲学自体だけでなく、「なんでベルクソンはそんなに女性に人気なのか?」「ベルクソンの哲学は女性的なのか?」も当時議論されたようだが、ワタシに哲学に関する知識が欠けているため、このあたり正しく説明できる自信がないのではしょらせてもらう。

このあたりベルクソンに対する反ユダヤ主義的な攻撃もあいまって、「女々しい」「女性的ロマン主義」などとベルクソン自身、そして女性の信奉者ともども攻撃されたとのこと。

彼の名声が高まったのは、女性参政権が議論された時期とも重なる。1913年、ベルクソンは欧州や米国でのフェミニズム運動について見解を問われた。彼は男性と女性にレベルの違いはないと述べたが、同時にすべての女性に一気に選挙権を与えることへの懸念も表明した。

結局、なんでベルクソンは特に女性に人気があったのか? 彼の講義のスタイルなどいろんな要素があったに違いないが、彼の講義が堅苦しいソルボンヌ大学の外で行われたこと、そして後のフランスでサルトルボーヴォワールの哲学が受けたのと同じく、大きな変化が可能だと信じる人たちのシンボルだったということのようだ。

ネタ元は kottke.org

今では英語圏でも映画鑑賞に字幕が必要な理由

www.openculture.com

この記事で紹介されている Vox の動画が面白い。

今では我々皆、映画鑑賞には字幕が必要だよねという内容なのだが、その理由としてなんとも皮肉な状況が浮かび上がる。

映画制作における録音や編集の技術はかつてより大きく向上しているのに、いや、むしろその結果、映画やテレビドラマの台詞は明瞭さが低下しているという現実である。

そう、この話題については、ワタシも一年以上前にエントリを書いている。

yamdas.hatenablog.com

かつてのように俳優はセットに隠されたマイクに向かって台詞を明瞭に叫ばなくても、音を拾ってもらえる。しかし、それにより「より自然な演技」も可能になり、その結果俳優がなんと言っているか分かりにくくもなっちゃった。

Vox の動画でもやり玉にあがっているのが、俳優ではトム・ハーディ、監督ではクリストファー・ノーランというのがワタシのエントリと共通するが、考えることは皆同じなんだろうね。

Dolby Atmos など新しい立体音響技術が開発される一方で、動画コンテンツの視聴は映画館にとどまらず、テレビ、パソコン、タブレットスマートフォンと多様化しているのも問題である。

この動画で最後に挙げられるアドバイスは以下の3点。

  1. 良いスピーカーを買う(さもなくば、音の良い映画館に行く)
  2. 鎮静剤を飲む
  3. 字幕を常にオンにする

というのがオチになってるわけだが、この映画鑑賞に字幕が求められることの副次的な効果として、アメリカ人が外国語映画を字幕で観ることへの抵抗感が減ったことがあるのではないか。

『パラサイト 半地下の家族』で非英語作品で初めてアカデミー賞作品賞を受賞したポン・ジュノが言うところの「字幕という1インチの壁」アメリカ人が乗り越えるのに結果的に貢献していると思うのだが、どうだろう。

「オールナイトニッポンPremium~高橋幸宏さんを偲んで」が楽しみだ

www.allnightnippon.com

高橋幸宏さんの訃報は、新年早々のとても悲しいニュースだったが、これは嬉しいなぁ。

YMO が音楽の原体験のひとつであるワタシにとって、オールナイトニッポンと言えば、「高橋幸宏のオールナイトニッポン」だったりする。

もっともこれを放送していたおよそ40年前、ワタシは夜にはめっぽう弱く、リアルタイムではなく兄がカセットテープに録音した音源を聞いていたんだけど。

YMO とお笑いというとスネークマンショーがまず浮かび、また「高橋幸宏オールナイトニッポン」でも出演していた大久保林清(景山民夫)との比較で、ワタシの周りでスーパー・エキセントリック・シアターのことをほめる人は見たことないのだが、当時小学校低学年、中学年だったワタシは、割と素直に笑っていました。

高橋幸宏オールナイトニッポン」の最終回である散開ライブスペシャルは、それこそカセットテープが擦り切れるほど聞いて、これも随分昔になるがミヤノさんに MD に落としてもらい感動してまた聞いたものである。

その散開ライブスペシャルだが、日本武道館での散開ライブでの録音はもちろん、坂本龍一細野晴臣矢野顕子鈴木慶一立花ハジメといった豪華メンバーが(電話)出演していたが、開演前、武道館の楽屋にいたピーター・バラカン高橋幸宏が「おかまのピーターさん」と呼びかけたり、坂本龍一がインクスティックで立花ハジメをぶん殴った話を高橋幸宏が暴露して、立花ハジメにその時の感想を聞いたり(立花ハジメ曰く、「痛かったですよ……」)、今ではありえないような内容のですね――(昔話が続く)

幸宏さんの追悼番組は他にもあるが、「高橋幸宏オールナイトニッポン」がまた聞けるのは特に嬉しい。大久保林清のトークもフィーチャーしてくれると特に嬉しいのだが。

ギャル電、山崎雅夫、秋田純一、鈴木涼太、高須正和『感電上等! ガジェット分解のススメ HYPER』を恵贈いただいた

高須正和さんより『感電上等! ガジェット分解のススメ HYPER』を恵贈いただいた。

表紙に著者5名のイラストが躍っているが、本の中でもキャラ化している著者たちが暴れまくっており(と表現したくなる)、楽しく読める。以下、引用部にはその部分が誰の文章かをカッコ書きする(敬称略)。

本書はガジェットの「分解」についての本であり、メイカームーブメントの範疇に分類されるだろう。「分解」と聞いてワタシが連想するのは「修理する権利」だが、本書が扱う「分解」は「修理」に限定されるものではまったくない。

分解のゴールは修理だけじゃなくて、単純にケースを開けて中身を見て「なんか思ったよりも部品が全然入ってないなー」とか、逆に「なんでこんな部品入ってるの?」って、正解じゃなかったとしても、仕組みを自分で考えてみるのは超楽しい。(ギャル電)

大事なのは、「正気に戻る前に作り終える」こと。「これって何の役に立つのかな」とか「将来に対する漠然とした不安」とか考え出す前に「これとこれくっつけたら最高楽しそう!いえーい!!」って気持ちのまま作り上げるのがポイントだよ。(ギャル電)

「将来に対する漠然とした不安」という表現がイイな。芥川龍之介みたいで(あちらは「将来に対する唯ぼんやりした不安」でした)。

とにかく分解は楽しいから始めようよ、その結果をシェアしようよという姿勢に本書は貫かれており、本の構成的にも分解を始める敷居を下げる配慮がされている。「100円ショップのコスメコーナーは宝の山(秋田純一)」といったお役立ちな情報に事欠かないし、それには本書に盛り込まれている危険なポイントを察知する話、大げさではない失敗談も含まれる。

そうして「「仕組みがわかる快感」「自分の力で答えを見つける快感」こそが、分解のバイブス(高須正和)」とか「分解は人生を楽しむための自然な方法(アンドリュー・"バニー"・ファン)」といった名言の境地までたどり着いているわけだが、それは読者も到達可能なのだ。

本書は何より実用的な本だが、それだけではなくて、「世界の電気街探検」みたいな話までぶち込んでいるところは、巻末の付録「中国語技術用語集」なども含め、高須さんの面目躍如というべきか。

前記の通り、本書では5人の著者が一種の戦隊もののようにキャラ化されているが、その中でもっとも常識人の真人間のよう描かれている秋田純一金沢大学教授が、チップの中まで油で揚げてバーナーで炙って攻めまくる話を別にしても、時にもっとも発言がクレイジーだったりするのも面白いところである。

今もっともブレイク中の歴史学者ティモシー・スナイダーが説く「世界にウクライナの勝利が必要な15の理由」

snyder.substack.com

イェール大学教授の歴史学者ティモシー・スナイダーが単刀直入に「世界にウクライナの勝利が必要な理由」を15個挙げている。

この期に及んで「ロシアが負けることは考えられない」とのたまう人もいるが、なんでウクライナがロシアに勝利しなければならないのか、その基本に立ち返るのによいかと思うので、ざっと要約しておく。気になる人は原文を読んでくだされ。

  1. ロシアが占領下で行う大量虐殺の残虐行為と止めるため
  2. ある国が他国を侵略して、領土を併合してはならないという国際的な法秩序を維持するため
  3. 帝国の時代を終わらせるため。その転機はロシアが敗北してはじめて起こる
  4. 欧州諸国が平和的に協力できるという欧州連合の平和事業を守るため
  5. 抑圧的な国内政治に囚われているロシアで法の支配を行うチャンスを与えるため
  6. 専制君主の威信を弱めるため。プーチンをモデルに権威主義に向かうトレンドは、民主主義国家によって逆転可能
  7. 我々全員が民主主義を守るために行動することで、民主主義がより良いシステムであることを我々に思い出させるため
  8. ヨーロッパにおける大規模戦争の脅威を消すため
  9. ウクライナの勝利が、中国に台湾進攻が失敗に終わる可能性が高いことを教え、アジアにおける大規模な戦争の脅威を消すため
  10. 核兵器の拡散を防ぐため。核兵器を放棄したウクライナが負ければ、核兵器を作れる国はそうしなければならないと思うようになる
  11. 核戦争のリスクを減らすため
  12. 将来の資源戦争を回避するため。戦争犯罪に関係なく、ロシアのワグネルグループ(民間軍事会社)は暴力的に鉱物資源を押収している
  13. 食糧供給を保証して将来の飢餓を防ぐため、ウクライナは食料供給国である
  14. 化石燃料からの移行を加速させるため
  15. 自由の価値を確かめるため。ウクライナの人たちは、我々にそれを思い出させてくれる

ティモシー・スナイダーというと、少し前に「西欧諸国はロシア同様、ウクライナの存在を認めていなかった」クーリエ・ジャポンに掲載されているが、彼の歴史家としての近年の仕事が、ウクライナ情勢を考えるのに見事にヒットして注目を集めている。

2020年代に邦訳が刊行された仕事に限っても、まずはロシアのクリミア侵攻をテーマとする『自由なき世界 フェイクデモクラシーと新たなファシズム』は、これの原書を塹壕でウクライナ兵が読んでいる写真が話題になったばかり。

そして2021年には、新型コロナウイルスによるパンデミックからアメリカの危機を解き明かす『アメリカの病 パンデミックが暴く自由と連帯の危機』と20世紀東欧史を描きだす『秘密の戦争 共産主義と東欧の20世紀』が出ている。

そして、2022年には『ウクライナ危機後の世界』における語り手の一人として選ばれているが、当然の人選といえるだろう。

そしてとどめは、ウクライナポーランドベラルーシバルト三国ヒトラースターリンにより蹂躙された大量虐殺をテーマとする出世作『ブラッドランド』の文庫版が昨年秋に出ている。

これだけ現在のウクライナ情勢にクリティカルヒットする著書を出している歴史学者も珍しいのではないか。

ネタ元は Boing Boing

『AIには何ができないか』のメレディス・ブルサードの新刊は、アルゴリズムに内在する人種/性/能力差別がテーマ

thestoryexchange.org

ChatGPT のような AI プログラムには隠れた人種差別、性差別があるよという記事だが、その中で『AIには何ができないか データジャーナリストが現場で考える』の邦訳があるニューヨーク大学准教授でデータサイエンティストのメレディス・ブルサード(Meredith Broussard)のコメントが引用されている。

そういえばこの人今何してるんだろうと調べたら、3月に More than a Glitch という新刊が出るのを知る。

書名にある「Glitch」とは誤作動を指す言葉である。ならば、「誤作動以上」というタイトルは何を指すのか。それはちょっとしたバグが原因ではない、アルゴリズムにシステム的に組み込まれた人種差別、性差別、能力差別であり、それによりテクノロジーが不平等を助長することがテーマなようだ。

このテーマでは、Safiya Umoja Noble の『抑圧のアルゴリズム』を思い出すが、思えば彼女もメレディス・ブルサードも『AIに潜む偏見: 人工知能における公平とは』に出演しており、そういう本を出すのは意外ではなく、今どきな主題なのだろう。

やはり、『AIに潜む偏見: 人工知能における公平とは』に出演している『あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠』のキャシー・オニールが推薦の言葉を寄せている。

果たしてこの新刊は邦訳出ますかね。

あなたが知らないスタンリー・キューブリック『シャイニング』の舞台裏の秘密

i-d.vice.com

こうした映画にまつわるトリビアみたいな記事はどうしても読んでしまうのだが、スタンリー・キューブリックの『シャイニング』といえば、ワタシも以前「あなたが『シャイニング』について知らないかもしれない25のこと」というエントリを書いており、それと中身が丸かぶりだったらイヤだなと思ったら、原作では217号室だった部屋が映画では(ホテルに存在しない)237号室に変更された話だけだった。

個人的に知らなかったのは以下のあたり。

これらの話は来月刊行される Stanley Kubrick's The Shining という本に収録されているらしいが、Amazon にはページができていなかった。

そういえば、精神疾患のため長らく俳優業を休業していたシェリー・デュヴァルは、『The Forest Hills』というホラースリラー映画でおよそ20年ぶりに復帰らしい。エドワード・ファーロング(!)と共演とな。

ネタ元は Boing Boing

イニシェリン島の精霊

マーティン・マクドナーは、前作『スリー・ビルボード』映画テン年代ベストテンの1位に選ぶほど評価しており、新作が出ればもちろん観に行くつもりだったが、この地味な(?)タイトルのため、危うく逃すところだった。

ワタシはマクドナーの上質なブラックコメディの作風が好きなのだけど、彼のルーツであるアイルランドの孤島を舞台とする本作も、トラジコメディに分類されるのだろうが、それこそバンバン銃撃がある『セブン・サイコパス』よりある意味遥かに陰惨で、とても心を揺さぶられるものがあった。

それには個人的な事情があり、ワタシ自身、長年の親友に一方的に絶縁されるという本作の主人公と同じ体験をしたことがあるからだ。とても平静に観ることができなかった。

狭いコミュニティに生きる田舎者同士のトラブルが思いもしないところまで転がってしまい、果たして俺らいったい何やってんだろねという地点にいたるところは『スリー・ビルボード』とも共通するが、およそ100年前の内戦中のアイルランドを舞台とする本作は、主人公二人の問題はこの内戦自体の(無益さの)象徴でもあるんでしょう。

主人公の友達だったコルムも筋を通しているようで、主人公の妹に一言でその浅さを指摘されているが、その彼女が図書館の職のため島を出るのは、この島を出るということ、読書により知を求めることが救いとなっていることのあらわれなのだろう。ただ、島を出た彼女が手紙にただ良いことばかり書いてたのは、前述の内戦の構図を考えると疑問を感じた。

思えば、マクドナーって意外にも悲惨な状況での親切を描くのがうまいのな。それは例えば『スリー・ビルボード』で火炎瓶で病院送りになったディクソンが、自分が病院送りにしたレッドと隣同士になり、そのレッドの行為に涙する場面がそうだが、本作でも絶交を言い渡しながらも、警官に手ひどく殴られた主人公をコルムが馬車に乗せてあげる場面がある。しかし、主人公の立場からすれば、あれはなお辛いものだったのではないか。

そうしたあたり、あとマイルスが受ける仕打ちを含め、本作はシビアなのだけど、見応えのある映画だった。

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