当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

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【藤井聡太八冠】将棋アマ四段の免状を取得した【羽生善治会長】

yamdas.hatenablog.com

もう5年以上前になるのだが、羽生善治九段が竜王戦に勝って永世七冠を達成したのを受けて、羽生善治の名前が入った免状を手にできるのもこれが最後の機会だろうとアマ三段の免状を取得した(実際、翌年の竜王戦で羽生さんは広瀬章人九段に敗れ、無冠となっている)。

これを超える機会はワタシが生きている間に来ないと確信したわけだが、その後、藤井聡太さんが将棋界を席巻したのはご存じの通り。そして、遂には昨年、八大タイトルを全冠制覇するに至った。

一方で、羽生善治九段は無冠のままで、通算タイトル獲得数100期の達成は果たせていないが、やはり昨年、日本将棋連盟の会長に就任している。

前回のエントリにも書いたように、将棋の免状には、竜王、名人、そして日本将棋連盟会長が署名する。つまり、今免状を取得すれば、そこには藤井聡太八冠(竜王・名人)と羽生善治会長の新旧史上最強の棋士の名前が並ぶことになる。これは歴史的事態だ!

やはり前回のエントリに書いたことだが、アマ四段の免状を取得する資格は既にある。しかし、それは将棋倶楽部24における瞬間風速で得た資格というだけで、とてもではないが自分にアマ四段の実力がないことは分かっている。それを言うなら、アマ三段の実力もないわけだが、ともあれ少し逡巡するところがあった。

けれども、この機会を逃したら絶対後悔するのも分かっていたし、偶然にも今なお日常的に遊んでいる将棋倶楽部24において、また四段にほぼ達する(あと2点!)ところまで来たため、これはやはり免状を取得しろということなのだろうと都合よく考えることにした。

そうして昨年10月に免状を申請したのだが、しばらく経ち、12月に入ったあたりで日本将棋連盟から以下の文面のメールが来た。

免状の発送は注文した日から「5~7か月」ほどかかるって!? 考えることは皆同じらしい(笑)。日本中のアマ有段者が免状取得を応募したんだろうな。

正直、特に急ぐ気持ちはないので大船に乗ったつもりで待っていたのだが、上記のメールで予告されたよりは早くに免状が無事届いた。

例によって、免状は木箱入りである。

前回の羽生善治永世七冠達成記念の時計には及ばないが、藤井聡太八冠の色紙は家宝にさせてもらう。

そして、問題の免状である。まさかこんな形で藤井さんと羽生さんの名前が並ぶ機会が来ようとは。これ以上の機会はないだろう……強いて言えば、羽生善治九段が竜王戦名人戦藤井聡太八冠を下してタイトル戦獲得通算100期達成(して羽生さんと藤井さんの名前が今回と違った形で免状に並ぶの)がそれにあたるかもしれない。

さすがにワタシはアマ五段の資格獲得は不可能なので、万が一そのときが来たら、大いに悔しがることにしたい。

以上、自慢でした。

せっかくなので、ワタシが将棋について書いた代表的な文章もよろしくお願いします。

note.com

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マーク・ザッカーバーグが2004年以降に公に行った全発言のデジタルアーカイブがあったのか

zuckerbergfiles.org

いやぁ、驚いたねぇ。サイト名で「Facebookファイル」を連想するがその話ではなく、Facebook あらため Meta の創業者であり CEO であるマーク・ザッカーバーグが、2004年以降に公に行った全発言のデジタルアーカイブである。

1700をこえる文章全文、300を超える動画ファイルをアーカイブしており、マーク・ザッカーバーグという、21世紀前半を代表する大企業を作り上げた人物を研究する人であれば絶対欠かせないサイトといえる。

面白いのは、このサイトをホストしているのがマーケット大学であること。このサイトは公益があるということなのだろうが、サイト設立は2013年らしいので、10年以上やっていることになる。知らなかったな。

このサイトにザッカーバーグイーロン・マスクの金網デスマッチの映像が入る日は、残念ながらなさそうであるが。

ネタ元は Boing Boing

ローリー・アンダーソンがルー・リードのAIチャットボットを作成したって!?

www.theguardian.com

ローリー・アンダーソンというと、少し前に過去のパレスチナ支援表明を大学側が問題視したため、芸大の教授職を辞退なんて遺憾なニュースがあったが、ルー・リードの言葉やスタイルを模倣する AI チャットボットを作成しており、「私は完全に、100%、悲しいほどにはまってるんです」と語っている。

このチャットボットは、ルー・リードの言葉、歌、インタビューを学習させたもので、「ルー・リード・アーカイブ」を実現させたドン・フレミングらの仕事が基盤になっているのだろう。

しかし、ルー・リードのインタビューというと、時にインタビュアーを血祭りにしジャーナリストを「最底辺の生き物」と断言するなど当たりの強さが有名な人なので、余計なお世話ながらちょっと心配になるが、ローリー・アンダーソンの発言を読むと、止むに止まれぬ彼女の気持ちが伝わってくる。

相変わらずアンソニー・デカーティス『ルー・リード伝』を牛歩の歩みで読んでいるが、ルー・リードの女性の扱いの悪さというのはよく言われており、ローリー・アンダーソンがそれほど入れ込んでいることに、彼女との関係はそれまでのパートナーとは違ったものだったのだろうなと勝手に救われた気持ちにもなる。

さて、ルー・リードと言えば、彼の歌がタイトルの元ネタであり、それが劇中でも流れる『PERFECT DAYS』が公開されたり、こないだはキース・リチャーズが彼の曲をカヴァーしていて驚いたが、要は新しいトリビュートアルバムも出るようで、死後10年以上経って名前が忘れられないのは素晴らしいことである。

そう思いながら、調べものをしたら、『ニューヨーク・ストーリー: ルー・リード詩集』が再々発されるのを知った。これはマーティン・スコセッシが序文を書いたものではなく、30年以上前に出た彼の詩集だが、「魔法と喪失(1) バンドマジックの裏側」でも引用したプラハ来訪&ヴァーツラフ・ハヴェル会見記や、ルーによるヒューバート・セルビー・ジュニアへのインタビュー(!)など貴重な文章が収録されているので、再発されるだけでありがたいことだと思う。

落下の解剖学

本当は『コヴェナント/約束の救出』を観たかったのだが、都合と上映時間の兼ね合いでこちらになった。

裁判劇に優れた映画が多いし、子供の頃に観た『十二人の怒れる男』で陪審制を知ったのをはじめ、ワタシは映画を通じて裁判というものを学んだところがある。ワタシ自身が人生で裁判を傍聴したのは二度だけだから日本の裁判についても大して知見があるわけではないが、それでも日本と異なる裁判制度を前提にする劇はやはり興味深い。

Netflix で観た『運命の12人』で、ベルギーにおいて20年近く時を隔てて行われた2件の殺人事件について同一の被告人に対して同時に裁判を行うのに驚いたのは記憶に新しいが、本作の裁判の場面で、証人弁論の間も被告がずっと立ちっぱなしで、検察や弁護士からの質問に答えるのには面食らった。フランスの裁判は実際こうなのだろう。

さて、その裁判劇で最後に暴かれる真相は! ……と本作を法廷ミステリー映画として観ると、肩透かしをくってしまう。そうした意味でスッキリする映画ではないからだ。本作のクライマックスとなる証言にしても、証言自体が綱渡りなのでかなりひきつけられるが、それが本当だったからだから何が断定できるという話だし、結局は本作において主人公の有罪/無罪を明確にジャッジできる材料は提供されない。

ならば本作はどういう映画かといえば、裁判を通じて露になる微妙にお互い妥協してきた夫婦の多面性な関係、小説家である主人公にとっての虚構と現実の境界を描くものである。

それにしても主人公夫婦の軋轢と破綻が法廷で明らかになる決定的な場面、そこでのやりとりがこれまでであれば男女逆であること、そして同情を買おうとしない主人公のあり方がとても現在的である。特に、夫婦喧嘩の中で主人公が、小説家としてものにならない夫を明らかに見切る表情を見せるところも怖いものがあった。

もっともワタシは、かつてベンジャミン・クリッツァーさんが書いていた「いつも思うのだが、世のクリエイターは女の不倫に甘過ぎる」というフレーズをまたしても思い出してしまったわけだが。

デューン 砂の惑星 PART2

『DUNE/デューン 砂の惑星』からおよそ2年半を経て公開される続編である。IMAX での先行上映を金曜夜に観てきた。以下、未見の人はご注意を。

さて、映画館の IMAX シアター前にあったポスターを撮ったのだが、ちょっと気にならないだろうか?

本作の登場人物全員が並ぶ中で……いや、皇帝を演じるクリストファー・ウォーケンがいないな。おい、ウォーケン様をなんで除いてんだよ! ……という話ではなく、その中央にいるのが主人公を演じるティモシー・シャラメではなく、その母親を演じるレベッカ・ファーガソンであることだ。

しかし、本作を観た人であれば、それをそれほどおかしいこととは思わないだろう。

もちろん本作も主人公はティモシー・シャラメなんだけど、その主人公の行動の原動になるのは、レディ・ジェシカなんですね。

何しろワタシは原作をちゃんと読んでない勢であり、原作と比べてどうという話はできないし、前作、本作と観て、ちゃんとストーリーを理解できていないところがある自信がある(そんな自信持つな)。しかし、本作がとにかくどえらい映画であるのは分かるわけで、それを堪能させてもらった。

IMAX 体験という意味で、『ダンケルク』以来となる「体感」のある映画だった。これは IMAX で観ましょう。

コロナ禍に続く脚本家や俳優組合のストライキもあり、ハリウッドの衰退は続いているわけだが(本作でも核兵器の扱いの雑さはまさにハリウッド的だったが)、そこで2020年代における超大作を規定する作品を作る責任を正面から引き受け、必然的に作品設定を伝えるのに力を割いていた前作を遥かにこえるアクション、活劇、そして暴虐をスクリーンに設計、展開したドゥニ・ヴィルヌーヴに敬意を払いたい。

本作のラストをみると、これはここでは終わらないと分かるわけだけど、本作も順調に大ヒットし、パート3制作が実現してほしいとしか言いようがない。

IFTTTのアプレットが2月22日にすべて無効になっていた話

先日、某所で IFTTT のことを「アイエフティティティ」と発音したことにあとで気づいて、しまったと赤面した。脳内での呼び名が正しいそれと違うことがワタシの中でいくつかあり、それは仕方ないとしても、音声で残る場でそれをやると恥ずかしい。ただ、リスナー数が30人程度のポッドキャストなのでよしとする。

さて、旧聞に属するが、2月16日に IFTTT(イフト、と発音します)からメールが届いた(Subject:Webhook notice)。

要は、Proアカウント契約しないとお前のウェブフックを2月22日に無効にするぞという警告である。しかし、現在ワタシが IFTTT に登録しているアプレットは2つだけである。しかも、その片方であるはてなブログの更新を X に流すアプレットは、X の仕様変更によりとっくに無効化されている。

残るもう一つははてなブログの更新を Mastodon に流すアプレットだが、なにが悲しくてアプレット1個のために Pro アカウント契約せにゃならんのだ。

というか、一つのアプレットすら無料利用を許さないというのは、全面有料化ということだろう。さすがにこれはウェブでもニュースになると思うのだが、調べ方が悪いのか、該当するニュース記事を見つけられなかった。少し検索してみたが、同じメールを話題にしている人は、わずかに Reddit で見つけただけだった。

ワタシと同じの状況の人も、なんだこれは、と困惑している感じである。

Pro にアップグレードしろというのはサイトにも表示があり、メールがなりすましあるいは何かの間違いということでもなさそうだ。はてなブログの更新を Mastodon に流せなくなったからといって死ぬわけではないのだが、これはどうしたものか。

……ん? もしかして、警告されているウェブフック(webhook)とアプレット(applet)って別ものだったりする? せっかくなので ChatGPT 先生に聞いてみよう!

なんだ、ワタシが脅されているのは、飽くまで webhook の話であり、applet の実行は問題ないんだな? そうだ、そうだ、そうに決まっている! とワタシは無理やり自分を納得させることにした。

そして、前回のブログ更新にあたり、念のため IFTTT にアクセスすると……

はい、残る一つのアプレットも無効化されていました(とほほ)。上にも書いたように、このアプレットが無効化されたから壮絶に困るわけではないのだが、このように有料版を強いられているユーザって、ワタシ以外にも多くいるのだろうか。もし、この問題を Pro アカウント契約以外で解決する方法を万が一ご存じの方がいたら教えてください。

テクノロジーはスタートレックの時代からダグラス・アダムスの時代に突入したのか

interconnected.org

我々は、スタートレックにインスパイアされたテクノロジーから、ダグラス・アダムスの本から抜け出てきたようなテクノロジーの時代に移りつつあるようだという話である。

そう言われただけで、なんとなく「分かる」と感じてしまうのだが、ChatGPT などの AI との対話なんてまさにそうだし、しかも LLM にはハルシネーションが付き物ときた。運転手がいない Waymo のロボットタクシー、AI のガールフレンドも、まさにダグラス・アダムスの本の世界ではないかというわけ。

だから、僕はこれに夢中なんだ。
テクノロジーが不条理なら、我々は不条理な発明で応えなければならない。
それだけでなく、我々は不条理を真正面から受け入れなければならない。さもないと、今日のテクノロジーの尊大さが我々を食い殺してしまうだろう。

なんか分かるわー。「スタートレックの時代からダグラス・アダムスの時代へのテクノロジーの変化」とは使えそうなフレーズだ。

あと、この文章経由で知ったのだが、ダグラス・アダムスの本で発明されたものの一覧があるのね。というか、この Technovelgy.com 自体が、SF 小説や SF 映画での発明を集めたサイトなのか。

ネタ元は kottke.org

設立40周年を迎えたTEDの親玉クリス・アンダーソンの新刊が出ていた

Talks at GoogleTED の代表として知られるクリス・アンダーソンが登場していた。

これで知ったのだが、彼の新刊 Infectious Generosity が先月出ていたのね。

「The Ultimate Idea Worth Spreading」という副題を見ても分かるように、今回の本も TED で彼が追求してきた「拡散する価値のあるアイデア」を拡げる大事さを説く本とのこと。書名に Generosity(寛容さ)といった言葉があるのは、近年は「寛容さ」に対する風向きが悪いという認識があるようだ。

www.ted.com

クリス・アンダーソンは、TED でもこれをタイトルに冠した講演をやっており、これを見れば新刊の内容が分かりますよ、と宣伝したいのだが、残念なことに本文執筆時点で日本語字幕がまだついていない。

そうそう、TED 自体、今年創立40周年を迎えており、クリス・アンダーソンが、もともとの設立者のリチャード・ソール・ワーマンと対談を行っている。

www.ted.com

えっ、TED ってクリス・アンダーソンが始めたんじゃないの? と思われるかもしれないが、このあたりについては柏野雄太さんが15年前に書いた文章が今なお有用である。

正直、今では TED の神通力も大分落ちた印象があるが、クリス・アンダーソンの新刊は、公式ガイドに続いて邦訳が出るんでしょうか。本の詳しい情報は公式サイトをあたってくだされ。

「インターネットの黒暗森林理論」についてのアンソロジー本ができていた

darkforest.metalabel.com

ねじまきさんの投稿で知ったのだが、劉慈欣の『三体』、正確には『三体Ⅱ 黒暗森林』に登場する「黒暗森林理論」をインターネットに適用した文章のアンソロジーが出たとのこと。

この「インターネットの暗い森理論」は、ワタシも何度か取り上げている。

そこで引き合いに出したヤンシー・ストリックラーやマギー・アップルトンの文章はもちろん、他にもいろんな人がこれについて書いていたんだな。

残念ながらこのアンソロジーAmazon では買えないようだ。さすがに邦訳は望めないかなぁ。

そうそう、『三体』といえば、第一作が遂に文庫化された。実は『三体』未体験という人は、これを機にどうでしょうか?

問題の「黒暗森林理論」がフィーチャーされる『三体Ⅱ 黒暗森林』も4月に文庫版が出るよ。

映画『アンタッチャブルズ』に出演せずに2万ポンドを手にしたボブ・ホスキンス

年明け、Facebook で映画『アンタッチャブルズ』に関するちょっと面白い話を読んだのだが、これ本当にあったことなのかねと思い調べてみたら、Wikipedia 経由で情報源となる記事を見つけた。

metro.co.uk

アンタッチャブルズ』のアル・カポネ役は、最初ボブ・ホスキンスだったというのだ。当時、彼は映画『モナリザ』でカンヌ国際映画祭の男優賞、ゴールデングローブ賞の主演男優賞(ドラマ部門)、英国アカデミー賞の主演男優賞を受賞し、アカデミー賞主演男優賞にノミネートされ一躍名をあげていた。

その彼にブライアン・デ・パルマが『アンタッチャブルズ』の脚本を送り、アル・カポネ役を示唆した。悪名高いマフィアのボスを演じられるチャンスとあって、ホスキンスは興奮し、かなりの下調べをした。

ホスキンスが、監督に聞いてもらうアイデア満載状態でブライアン・デ・パルマに会ってみると、かなり前のめりなホスキンスを見て、デ・パルマは申し訳なさそうに「自分としては、本当はロバート・デ・ニーロにカポネを演じてほしいんだ」と言ってきた。それを聞いたホスキンスが「俺はどうすればいいんだよ」と思っていると、デ・パルマは「けど、デ・ニーロがやらない場合、君が代役をやってくれないかな」と続けた。「ああ、もちろんいいとも」とホスキンスは答えた。仕方ないよね。

それから何か月か経ち、新聞でデ・ニーロがカポネ役をやっているのを読み、それでホスキンスはカポネ役の話はすっぽり忘れることにした。その後のある朝、妻のリンダが彼に届いた郵便に驚きの声をあげる。2万ポンドの小切手だったのだ。そこにはデ・パルマからの感謝の言葉があった。

ホスキンスは思わず彼に電話をかけて言った。「ブライアン、また俺に演じてほしくない映画があったら、電話くれよ!」

ボブ・ホスキンスが亡くなって来月で10年になるので取り上げてみた。彼の主演作でもっとも有名なのは、やはり『ロジャー・ラビット』かな。

夜明けのすべて

三宅唱監督の名前は、前作『ケイコ 目を澄ませて』がワタシの観測範囲で評判で知ったが、残念ながら都合がつかず観に行けなかった。

たまたま宇野維正の「映画のことは監督に訊け」を読み(ここでの三宅唱監督の返しが妙に可笑しい)、本作がその新作なのを知って、これ幸いと観に行った。

PMS月経前症候群)のために感情を制御できなくて、新卒で入った会社で早々にやらかしてしまい逃げるように退職した数年後、主人公は理解ある職場で働いているが、それでも同じ職場の社員に配るお土産を欠かさない、という描写に最初に掴まれるものがあった。山添のパニック障害に気づいた主人公がかける言葉が、「お互い……ってなんですか」と素で拒絶されるところから、その二人が徐々にお互いのために何かできるのではないかと気持ちを通わせていくその一歩一歩が丁寧に描かれている。

本作では主人公二人を照らす光がよく撮られており、それを観ているだけでこちらの心を明澄にしてくれるところがある。山添が自転車を走らせる描写が長く撮られており、ワタシなどこれは何かのフラグかと身構えてしまったくらいだが、これはこちらのマインドセットがおかしいだけである。

本作には悪人がほぼまったく登場しない。しかし、主人公二人の日常の描写にしろ、それ以外も例えばグリーフケアの場面にしても甘さに流れておらず、主人公らの職場の社長、山添の元職場の上司、みんな良かった。

本作のクライマックスは移動式プラネタリウムの場面なのだけど、それで主人公二人の人生が変わるとか劇的な何かがあるわけでは当然ながら、ない。主人公のその後、そして山添のモノローグを含め、大仰さがまったくないところもよかった。それなのに、観終わったときに心に確かなものが満ちる映画だった。

あと本作ではりょうさん(なぜかさんづけ)が主人公の母親役なのに個人的にショックを受けてしまったのだが(笑)、かっこいい大人の女性を演じてきた彼女がリハビリに苦労する役をやるのがポイントなのだろう。調べてみたら彼女はワタシと同じ年生まれなのね。もうワタシもそちら側なのな。

ボーはおそれている

映画のストーリー展開にはっきり触れるので、未見の人はご注意ください。

本国で興行的に大コケしていたのは知っていたし、何より3時間の上映時間にかなり嫌気が差したのもあり、当初は観に行かないつもりだった。が、アリ・アスターには『ヘレディタリー/継承』『ミッドサマー』とさんざんイヤな思いをさせてくれたのだから、本作も見届けようと思った次第(マゾかよ)。

いやぁ、事前の予想と違い、かなりよくできていた。これぞアリ・アスター、としか言いようのない映画である。そして、文句なしの失敗作である。

近年、長丁場の映画が多くて閉口させられるが、こちらの膀胱も鍛えられたのか、最近も『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を耐えきったワタシだが、本作はかなり久方ぶりにトイレのために中座してしまった。ただ、これは夕食の後にすぐシネコンに向かったタイミングの問題であり、本作の出来は関係ない。具体的には、医師の娘に「吸う」よう強いられる場面で席を立ったのだが(つまり、比較的早い)、およそ5分後席に戻った際には訳が分からなくなっていた(笑)。

いや、それは大げさだし、本作に難解なところは特にない。機能不全の家族や理不尽な犠牲などアリ・アスターらしいモチーフは本作でも健在だし、本作では主人公のフォビア、不安症、パラノイアが強調される。

本作をユダヤ的ユーモアと書いてはいけないのかもしれないが、旧約聖書の世界を思わせる理不尽な苦難の連続を主人公は味わうことになる。そのあたりはコーエン兄弟『シリアスマン』を少しだけ連想させるところがあったが、それに加えて、この場面はこういうことかと理解したと思ったらことごとく覆される感じ、これはアリ・アスターにしか描けないホラーコメディでしょう。

森で出会う旅劇団の舞台を見るうちにこれは自分の物語(ユダヤ人の歴史のメタファーですね)だと感極まったと思ったらアニメになり、「息子たち」と再会したはいいが、思えばオレに妻なんていないじゃん(というか、オレ童貞じゃん)、と我に返る一連のシーケンスが優れていたが、もっともこれに近い作品は……寺山修司の『田園に死す』ですかね?

ここまではよかった。とうとう実家に帰りつき、そこで「再会」した女性との陳腐な展開、まぁ、よしとしましょう。しかし、母親が登場して本作が一種の陰謀劇であることが明らかになった後、エンディングまで本作の評価がワタシの中でどんどん下がるのを感じた。主人公が実家に帰った後を辻褄無視でいいからズバッと切っていたらよかったのに、と無茶なことを思ったりした。

今回途中でトイレに立ったから書くわけでなく、本作の3時間はやはり長すぎる。近年、2時間半超えの映画が珍しくなくなっているが、全体的に監督をシメるプロデューサーのグリップに緩みがあるのではないか。性加害問題で失脚したハーヴェイ・ワインスタインのあだ名が「シザーハンズ」だったことは知られる。そういうニックネームがつくこと自体、彼の「ハサミ」が往々にして的確でなかった証左とも言えるし、彼に帰ってきてほしいとはこれっぽっちも思わないが、アリ・アスターという癖の強い映像作家を、旬を過ぎた A24 がコントロールできなかった構図を本作に勝手に見てしまうのだ。

イーロン・マスク買収後のTwitterを取材したノンフィクション本の刊行が続いている

www.nytimes.com

イーロン・マスクによる Twitter 買収を取材した本というと、昨年秋に異様に仕事が早いベン・メズリックが既に本にしている話を取り上げているが、今月、イーロン・マスクによる Twitter 買収、そしてその後の混乱を取材した本が2冊刊行されており、New York Times の書評欄でその2冊が取り上げられている。

まず一冊目は、Bloomberg の記者である Kurt Wagner による Battle for the Bird

こちらは、2015年にジャック・ドーシーが CEO に復帰して以降を取材対象にしており、2016年の米国大統領選挙、ドナルド・トランプの大暴れ、そしてイーロン・マスクによる440億ドルの買収を描いており、買収劇については内部の従業員が分刻みで語る証言がその内幕を暴露しているとな。

ツイッター業物語』の著者にして、現在はテック系ドキュメンタリーの作り手となったニック・ビルトン、『インスタグラム:野望の果ての真実』のサラ・フライヤー、『Brotopia』のエミリー・チャンといった人が推薦の言葉を寄せている。

そして二冊目は、Platformer の編集長を務める Zoë Schiffer による Extremely Hardcore

この書名は、イーロン・マスクが買収後に社員にまず迫った「超ハードコアに働くか退社か」という選択からとられている。

こちらの本も「60人以上の従業員との数百時間に及ぶインタビュー、数千ページに及ぶ内部文書、さらには裁判での提出書類や議会での証言」といった内部情報に取材した本で、イーロン・マスクが当初の宣言に反し、Twitter を世界のオンライン公共広場から自分用のメガホンに作り変えてしまったか、自らの職場が破壊されるのを目の当たりにした従業員には、会社を救おうと奮闘した人も多くいたようで、そうした人たちに取材しているようだ。

こちらの本についてもニック・ビルトンは推薦しており、バランスとったな(笑)。あと、『Zucked』のロジャー・マクナミーも推薦の言葉を寄せてますね。

NYT の書評記事を読むと、いずれもイーロン・マスクによる買収後の話が大きく割かれているが、前者の本のほうがビジネスストーリーとしての Twitter、そして、ジャック・ドーシーの CEO としてのダメさ、後者の本はイーロン・マスクパラノイアとそれに付き合わされる従業員の災難(「悲劇と茶番の一緒くたん」とな)に重点が置かれている。

この2冊とベン・メズリックの本の計3冊の「Twitter の終焉本」のうち、何冊の邦訳が出るでしょうかね?

ローレンス・レッシグの久方ぶりの新刊『大統領選挙の盗み方』が出ていた

lessig.medium.com

ローレンス・レッシグの Medium で知ったのだが、彼の久方ぶりの新刊(共著)How to Steal a Presidential Election が出ていた。

『大統領選挙の盗み方』という書名から分かるように、今回の新刊も米国の政治が主テーマであり、これは邦訳は難しいでしょうな(そういえば、『They Don't Represent Us』だかが山形浩生訳で出るという話はどうなった?)。

2021年に起きた米国議会議事堂襲撃事件をどうしても想起する、いかにも不穏で物騒な書名だが、現行の制度では大統領選挙のハッキングが可能なので、アメリカの民主主義が永久に損なわれる前に、大統領選出の不安定なシステムを補強する必要があると訴える本とのこと。

www.theguardian.com

レッシグらが想定している危機は、やはりというべきか、ドナルド・トランプ並びに共和党が選挙結果を覆しかねないという脅威であり、それを可能にする制度の抜け穴である。

この Guardian のインタビューによると、トランプ陣営は3年前の議事堂襲撃事件のときに明らかにできたはずの手があったのに、それをしなかったというのがレッシグの認識であり、その危険性を訴えるのが新刊というわけですね。

レッシグらが想定するシナリオはいくつかあり、各州の代議員が誓約に反して敗者を支持する「忠実でない選挙人」、大統領選挙の結果をひっくり返さんとする州知事が現れる「ならず者知事」、あと州議会全体が闇落ちするシナリオなどを挙げている。

ワタシはアメリカの選挙制度に関しては大した知識がないので、レッシグらの懸念がどこまで深刻な危機たり得るかはよく分からない。しかし、まさかここまでアメリカの民主主義自体の危機が本格化するとは思わなかったな。このインタビュー記事の締めはこうだ。

「多くのトランプ支持者が、どんなことも正当化されるという感覚を持っているのが恐ろしいのです」とレッシグは語る。「トランプが民主主義の核となる規範をことごとく否定しているのに、彼への支持は衰えることを知りません。それは驚くべきことであり、恐ろしいことです」

マイケル・ヘラーの新刊の邦訳『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』が来月出るぞ

yamdas.hatenablog.com

およそ一年半前に取り上げた、『グリッドロック経済』(asin:4750515639)の邦訳があるマイケル・ヘラーの新刊(共著)だが、『Mine! 私たちを支配する「所有」のルール』の邦題で来月邦訳が出る。

グリッドロック経済』に続き、今回も「所有(権)」をテーマとする本なのだが、デジタル資産など所有の概念が拡大する今、モノを持つことの本質を問う本とのこと。

Kindleで購入した本は本当にあなたのものか?」という話は、ワタシも昨年取り上げた話である(参考:The Anti-Ownership Ebook Economy - Introduction 日本語訳)。

やはり、今どきなテーマには違いない。こちらも面白い話が読めそうだ。

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