当ブログは YAMDAS Project の更新履歴ページです。2019年よりはてなブログに移転しました。

Twitter はてなアンテナに追加 Feedlyに登録 RSS

2023年下半期にNetflixで観た映画の感想まとめ

ここ数年、半年に一度やっているエントリ(前回、2023年上半期)で2024年を始めたい。近作のみ取り上げる。

プロミシング・ヤング・ウーマン(Netflix

キャリー・マリガン『17歳の肖像』でブレイクした後、『わたしを離さないで』『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』で良い役をやっているのを観ているが、それから少し彼女の出ている作品から遠ざかっていた。

イヤなものを見せられるような気がして、正直、本作のことは避けていたところがある。実際観てみると、どういう形でも性的に消費させないという強い意志に貫かれており、シャープな作りだった。主人公に成敗(?)される加害者役が、好感度の低そうな男性でないキャスティングも考えられている。

『バービー』を観た後だと、マーゴット・ロビーが本作のプロデューサーを務めているのもやはり強い意志の表れであるのが分かる。

アメリカン・ユートピア公式サイトNetflix

絶対に映画館で観たいと思いながら都合がつかずに悔しい思いをしていたので、Netflix で観れるとなって大喜びで飛びついた(既に配信終了)。しかし、やはり映画館で観たかったな。

本作の出来については既にいろんな人が書いており、ワタシが特に付け加えることはないのだが、これが映像作品として成立するのは、映画に先立つ同名アルバムが、デヴィッド・バーンのネームバリューだけに頼らない作品としての力があるからだろう。

あまり言われないが、アルバム『アメリカン・ユートピア』は、ほぼ全曲バーンとブライアン・イーノの共作なのをはじめ、プロデュースにも名前を連ねており、かなりイーノの貢献が大きいアルバムなのである。

メンバーが客席を練り歩いても、それにスマートフォンのカメラを向ける客が一人くらいしかいない客層の節度と、メンバーが自転車で帰っていく最後が印象的だった。

アンカット・ダイヤモンド(Netflix

これ、もう「近作」とは言えないか? A24 全盛期の作品。

とにかく騒々しい映画で、登場人物が主人公をはじめとしてとにかくうるさい。

アドレナリン中毒な主人公がひたすら掛け金を上げに上げた結果、実に良い笑顔を浮かべたまま(中略)映画である。


ロケットマン公式サイトNetflix

公開時は『ボヘミアン・ラプソディ』の二番煎じかなと行きそびれた。

実際、『ボヘミアン・ラプソディ』と同じく歴史考証の問題(エルトン・ジョンの芸名の由来、あるライブの時点でリリースされていない曲を歌う)があるのだが、感じの悪い主人公を描いて映画として成功しているのに唸った。

本作は、"I'm Still Standing" で復活するところで終わるが、彼が現在のリスペクトを得ているのは、実はその後の90年代以降の活動が大きいわけで、個人的にはそこを描いてほしかったが、伝記映画としては退屈か。

悪人伝(公式サイトNetflix

ヤクザの組長と荒くれ者の刑事が組んで連続殺人犯を追う、その組長を『新感染 ファイナル・エクスプレス』のマ・ドンソクが演じているのだから面白いに決まっているのだが、本作に関しては少し期待値が上がり過ぎていたかもしれない。

悪人伝 [Blu-ray]

悪人伝 [Blu-ray]

  • マ・ドンソク
Amazon

『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』(Netflix

2023年には『アステロイド・シティ』があったが、それとは別に Netflix で短編が4本公開されるというので、『ネズミ捕りの男』、『毒』、『白鳥』含め観させてもらった。

これも紛れもなくウェス・アンダーソンの箱庭映画で、というか短編ということで、もはや第三の壁もへったくれもなく、主人公がひたすらこちらを向いて早口でしゃべり続ける基本構成に、舞台劇というかなにか落語や狂言のようなものを観ている感もあった。

執拗に枠物語の構成をとるところもウェス・アンダーソンという感じで、『ヘンリー・シュガーのワンダフルな物語』がやはりもっとも楽しめたが、もっとも優れていたのは『白鳥』かも。


ザ・キラー(Netflix

yamdas.hatenablog.com

エストロ: その音楽と愛と(Netflix

本当は『ザ・キラー』と同じく映画館で観るつもりだったが、その直前に仕事の電話が入っため行けなかった。

ブラッドリー・クーパーが監督の才能があるのは、『アリー/スター誕生』で分かっている。あれと同じく音楽劇の部分、特にミュージカルっぽい演出のところが良かった。

全編そういう演出で押し切っても良かったのかもしれないが、画面が白黒からカラーに移ってからは、レナード・バーンスタインの業績を讃える伝記映画への期待から意図的にズレる夫婦劇になる。ブラッドリー・クーパーキャリー・マリガン、いずれの演技も素晴らしい。が、後半、観ていて少し緊張感が切れてしまったところもある。


終わらない週末(Netflix

実は新年あけてからの鑑賞なのだが、本作までを2023年までとしたい。本作は2023年の映画だ。

当然ながら、本作のようなハリウッドスターが主役をはる映画は、何年もかけたプロジェクトになる。それでも本作は、2021年の『ドント・ルック・アップ』とはまた違った形で予見性を持った作品になっている。

Netflix 配信作品では『ナイブズ・アウト: グラスオニオン』に続いてイーロン・マスクを信用するなというメッセージもあるし、ラストシーンは実は(『ブラック・ミラー』シーズン6ほどではないが)Netflix にも中指を立てている。

人種間の不信と分断、侵略に対するパラノイアなどアメリカ社会を描いているが、ローティーン、つまりはZ世代である主人公夫婦の娘くらいの年代の女性にとって、『フレンズ』ってどういう意味合いがあるのだろうな。

今もっともホットな出会い系サイトはLinkedIn?

www.businessinsider.com

「世界最大のプロフェッショナルネットワーク」を謳う、ビジネス特価型 SNS 最大手の LinkedIn が、リモートワーク時代の今、もっともホットな出会い系サイトになりつつあるという記事だが、ホントかよ。

この記事では、LinkedIn で仕事のポジションを提示するふりをしながら、出会い目的で DM を送られる体験をした女性の話で始まるが、もちろんというべきか LinkedIn のコミュニティポリシーでは恋愛目的での利用を禁じている。しかし、LinkedIn で仕事と恋愛を混同するユーザが増えているとな。

その理由としてこの記事では、Tinder に代表される出会い系アプリのルーレットのような体験に飽きてきたアメリカ人が増えていることを挙げる。LinkedIn はその点、その人のプロフェッショナルとしての素性が明らかになるので信頼性が高いという利点がある。

米国でそういう使い方をするユーザが本当に多いのかは知らないし、利用者がまだ多くない日本人ユーザには当てはまらない話だとは思うが、少し前に何かのタイムラインで、Twitter 改め X の荒廃とともに、ブログプラットフォームとして LinkedIn を使う人が増えている話を読んだことがある。確かに LinkedIn なら、似た職種のプロにリーチし、ちゃんと読んでもらえる可能性が高いわけだ。言われてみれば、恋愛用途というのも分からないことはない。

ネタ元は Slashdot

25年前にJabberを立ち上げたジェレミー・ミラーは現在Blueskyの理事を務めている

news.slashdot.org

(当時人気だった ICQ や AIM などの)インスタントメッセージシステムへの透過的な通信を可能にするオープンソースプラットフォームを目指す Jabber が立ち上がって25年になるよというストーリーだが、25年前のストーリーを告知したユーザ reader #257 は、その Jabber の主要開発者だったジェレミー・ミラー(Jeremie Miller)その人だったんですね。

Jabber なんて知らんという人が今では大半だろうが、XMPP というプロトコルが現在まで残っている。

というか XMPP の公式サイトは今も稼働しており、それどころか今年の FOSDEM 2024XMPP Summit が開催されるとのこと。

そして、25年前、自らの仕事をアナウンスしたジェレミー・ミラーは、その後2007年には Wikia Search のテクニカルリードを務め、オープンソースのスタートアップを起業したりしたが、現在は Bluesky の理事(board of directors)を務めている。

昨年書いた、ActivityPub の原作者の Evan Prodromou が Wikitravel の創始者だった話を思い出すが、人に歴史ありですね。

信頼なき時代、偽情報についての本が求められているようだ

www.nytimes.com

「信頼なき時代における偽情報の問題」というタイトルの New York Times の記事だが、イーロン・マスクが X(旧 Twitter)における信頼の維持にリソースを割くのをやめ、コンテンツモデレーションチームを解体し、代わりにヘイトスピーチやワクチンに関する有害なデマを流したため停止されていたアカウントを再開させ、データ収集ツールへのアクセスを難しくするという変化がもたらしたカオスの話をまくらに、2023年に刊行された偽情報(misinformation、disinformation)についての本を紹介している。

ポストトゥルース』(asin:4409031104)の邦訳があるリー・マッキンタイアは、ズバリ On Disinformation という本を出している。この記事によると、マッキンタイアはインターネットを偽情報の増長装置として見ており、ソーシャルメディアプラットフォームの規制強化に賛成のようだ。

そして、『ネット企業はなぜ免責されるのか――言論の自由と通信品位法230条』(asin:4622090066)の邦訳があるジェフ・コセフは、Liar in a Crowded Theater という新刊を昨秋出している。

この新刊のタイトルは、混雑した映画館で火事だと叫ぶ自由はないという「明白かつ現在の危険」を指しているが、規制強化を求めるマッキンタイアと違い、コセフは「政府に検閲の権限を与えることは、意図しない結果を招く」と指摘し、既存の対抗言論手段やメディアリテラシー教育を重視する立場とのこと。

この記事には、「偽情報の恐怖を煽ることで、特定の政党が多くの利益を得ると考えるのは、それこそ陰謀論的に映るかもしれない(し、2024年の選挙を前にして、偽情報の研究を中止させようと躍起になっている共和党議員によって、皮肉なまでに推し進められている)」という文章があるのだが、今年の大統領選挙では AI による偽情報が選挙の脅威になるという話は、ブルース・シュナイアー先生も書いていたな。

しかし、この手の話は状況を知れば知るだけ暗い気持ちになるところもある。日本のニュースメディアでも、家族が陰謀論にはまり大変なことに――てな記事は見かけるが、偽情報を信じる人にどのように接すべきものか。

デラウェア大のダナガル・ヤング准教授の昨秋出た新刊 Wrong では、偽情報に対する姿勢についても注意を促している。陰謀論的なデマを信じる人々を非難し、あざける態度は裏目に出ることが多いという(確かにそういう話をつい最近も小耳に挟んだ)。

そうした態度で社会的なつながりを燃やしてしまうのでなく、つながりを育てて信頼を築くべきということだが、そのなんと難しいことか。

2024年、ロバート・フリップ先生のお言葉をあらためて噛みしめる

昨年末のクリスマスにロバート・フリップ先生が短い動画を公開している。


奇妙で不確かな時代には、時に理性的な人は絶望してしまうかもしれない。
しかし、希望は理屈ではなく、愛はこれよりもさらに偉大なものだ。
創造欲求の言葉にできないほどの博愛を信じることができますように。

2024年のはじめから能登半島地震のニュースに震えたワタシも、この言葉をあらためて噛みしめている。

ロバート・フリップ先生も、新年早々、川の氾濫で邸宅が浸水被害にあったようで、時の運命は非情だが、希望は理屈ではなく、愛はさらに偉大なりという彼の信念は揺らいでいないだろう。

そういえば彼の初の著書『The Guitar Circle』の邦訳、そろそろ出ませんかね。

はてなブックマークで振り返る、2023年にワタシが遺した文章

2015年まで、年末最後のブログ更新時に、その年自分が書いた文章でもっともはてなブックマークを集めたもののランキングをやっていた。

昨年、無期限活動停止を終えて WirelessWire News 連載を再開し、今年はおかげさまでまたそういう企画をやれるくらいいろいろ文章を書くことができた。

そういうわけで、YAMDAS Project 本サイト、はてなブログYAMDAS現更新履歴、そして WirelessWire News 連載で、2023年に公開した雑文、翻訳文書の被ブックマーク数トップ20は以下の通り(2023年12月28日0時時点)。

  1. 56か国の177人もの専門家が選りすぐった最高の児童書100選(の邦訳リスト) - YAMDAS現更新履歴(817users)
  2. 先鋭化する大富豪の白人男性たち、警告する女性たち – WirelessWire News(727users)
  3. ソフトウェア開発の真の問題点は、コードを書くことではなく、問題の複雑さの管理にある - YAMDAS現更新履歴(523users)
  4. 1991年の山下達郎インタビューに見る根深い孤立感と不信感 - YAMDAS現更新履歴(470users)
  5. 東京大学学位記授与式の総長告辞でドナルド・フェイゲンの歌詞が引用されてなによりワタシが歓喜 - YAMDAS現更新履歴(334users)
  6. なぜ我々は電子書籍を「所有」できないのか? 出版社とプラットフォームの力学を解き明かす研究 - YAMDAS現更新履歴(312users)
  7. なぜサイバーセキュリティ分野で人材が不足しており、職が埋まらないのか? - YAMDAS現更新履歴(295users)
  8. 「テクノ楽観主義者宣言」にみる先鋭化するテック大富豪のイキり、そしてテック業界の潮目の変化 – WirelessWire News(235users)
  9. オープンソースの定義にこだわるのはもう無意味なのか? - YAMDAS現更新履歴(197users)
  10. メタバースが死んだのは、シリコンバレーが「楽しみ」というものを分かっていないから? - YAMDAS現更新履歴(182users)
  11. ウェブをますます暗い森にし、人間の能力を増強する新しい仲間としての生成AI – WirelessWire News(134users)
  12. 「機械の中の幽霊」ならぬ「AIの中の幻覚」? AIの「ハルシネーション」について考える - YAMDAS現更新履歴(74users)
  13. 人工知能規制、資本主義批判、民主主義再考 – WirelessWire News(68users)
  14. テクノ楽観主義者からラッダイトまで – WirelessWire News(60users)
  15. AIは監視資本主義とデジタル封建主義を完成させるか – WirelessWire News(50users)
  16. ローレンス・レッシグはAIが作成した作品に著作権を認めるべきという立場みたい - YAMDAS現更新履歴(48users)
  17. 美しい友情の終わり – WirelessWire News(47users)
  18. 「AIの開発を直ちに停止せよ」公開書簡が見逃してしまっているAIの現実的なリスク - YAMDAS現更新履歴(47users)
  19. AIが生む新たな非正規雇用と貧困の「ゴーストワーク」についての本の邦訳がようやく出る - YAMDAS現更新履歴(46users)
  20. Skypeの隆盛と凋落の20年史 - YAMDAS現更新履歴(39users)

少し前にも書いたが、今年は WirelessWire News 連載のテンションを落とさないことが最大の関心事だった。そのおかげで素晴らしい文章(自分で言うか)をいくつか書けた。しかし、その分消耗は大きく、正直いつまでこの調子で続けられるか分からない。

来年も無事で、書きたい文章をなんとか書いていたいものだ。

2023年の更新はこれで終わりである。どうか皆さんよいお年を。

ダグラス・ラシュコフの来日講演動画が公開されている(日本語字幕付き)

store.voyager.co.jp

元々の予定より少し遅れ、今月実現したダグラス・ラシュコフの来日講演の動画が公開されている。しっかりした日本語字幕もついているよ。

この講演は、ラシュコフの『デジタル生存競争』の良い内容紹介にもなっているし、何よりラシュコフさんの気合がみなぎっているのがよい。

『デジタル生存競争』については、ワタシも「テクノ楽観主義者からラッダイトまで」で取り上げている。この本に賛同できるところ、できないところをちゃんと書き、また他の評者が明らかに遠慮して触れていない読みどころについても文章を割いていると自負している。

それはともかく、この動画の個人的な見どころは、『デジタル生存競争』の訳者である堺屋七左衛門さんが登壇するところ。堺屋さんとは2019年に神戸でお会いして飲む機会を持てたのだが、ご存じの通り、翌年から長らくそれどころでなくなり、またワタシも関西から転居してしまった。

堺屋さん、お変わりないようで何よりです。ワタシはあれからさらに太ってしまいました(笑)。

2023年末になってウィキペディア(ン)の本が2冊刊行されている

open.spotify.com

初回から聞いているポッドキャストで知ったのだが、最近になってウィキペディアについての本が刊行されている。

ウィキペディアについての本というと、ウィキペディア自体を研究し、論評する本は過去にあり、しかし、そういう本が出ていたのは随分前の話である。

今年末になって刊行されている本は、そうしたウィキペディア研究本ではなく、ウィキペディアン自身が書いた、ウィキペディアへの貢献についての本である。

まずは門倉百合子さん『70歳のウィキペディアン』が先月出ている。

門倉さんの場合、司書としての経験がバックボーンとしてあり、その上でウィキペディアを敵視するのではなくウィキペディアをより正確な情報源にしたいと考え、2016年からウィキメディア編集に関わるようになった、つまりはウィキペディアの執筆ももう7年ほどやられているベテランなんですね。

関連イベントへの参加も旺盛で、いろんな人のロールモデルになりうると思うのである。

そして、伊達深雪さんの『ウィキペディアでまちおこし - みんなでつくろう地域の百科事典』がちょうど出たばかりである。

この本は、ウィキペディアタウンについての世界初の書籍と言ってもよいだろう。

著者は京都府立高校の学校図書館司書で、この方のお名前は少し前に「図書館にゲーム置いたら… 最先端の高校、表現力や知識量アップにも」という記事で見かけた覚えがある。

今回立て続けに出た2冊のウィキペディア本とも著者が司書の方で、知的好奇心に裏打ちされたウィキペディアンとしての活動力と筋の良さは、そこから来ているのかなと思ったりする。

デザイン思考は期待外れだったのか?

ssir-j.org

ついこの間「さよなら、さよなら、デザイン思考」という文章を読んだばかりだが、デザイン思考の評価並びに模索すべき方向性についての詳細な記事が Stanford Social Innovation Review(SSIR)で公開されている。

この記事の原文は SSIR で2023年最も読まれた記事の1位のようで、SSIR に限らず(この文章にも書かれているように、当時 IDEO の CEO だったティム・ブラウンらによって書かれ、SSIR に掲載された「デザイン思考 × ソーシャルイノベーション」は重要文献だった)いろんな人が大きな期待をかけてきたトピックであり、結局、デザイン思考ってどうなんだ? という関心は今もとても強いということなのだろう。

この文章はまず、デザイン思考の旗印のもとで行われてきた試みが、複雑な社会問題に対して効果のある持続可能な解決策を生み出せなかった理由を説明している。

以下のあたりが、デザイン思考の落とし穴といったところだろうか。

デザイン思考は誰にでも使える公式という側面があるので、簡単に使えそうに見える。私たちが過去12年間、社会部門で研究者、デザイナー、教育者として働いてきた経験からいえば、多くの組織が複雑な問題に迅速な解決策をもたらすことを期待して、デザイン思考の見た目の単純さに魅かれがちだ。

デザイン思考は期待外れだったのか | スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版

デザイン思考は対象となる問題の文脈(コンテクスト)に敏感であると主唱者たちは標榜しているが、コミュニティや歴史の文脈についての体系的で構造的な理解が不在のまま取り組みが進むこともある。文脈から切り離された問題解決のアプローチは、システムの不具合を、個別の失敗事例と認識することにより、コミュニティや環境に意図しない害を及ぼす可能性がある。

デザイン思考は期待外れだったのか | スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版

イノベーションを加速させたいという願望が、デザイン思考を多用するハッカソンやオープン・イノベーション・チャレンジのような期間限定イベントの増加につながっている。こうしたイベントはアイデア出しに重点を置いていて、そのアイデアをどうするかについては二の次だ。

デザイン思考は期待外れだったのか | スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版

この文章の著者たちは、上記の問題を踏まえた上で、デザインに対して「批判的(クリティカル)」に向き合おう、批判的デザイン思考を受け入れよう、と訴えている。

批判的デザイン思考は単なる方法論ではない。特定のデザインプロジェクトのアプローチと成果を規定するものではなく、どのアプローチを採用するかを見極めるための情報を提供してくれるものだ。次に紹介する事例では、参加、報酬、規模、影響、資金調達などのデザイン上の決定をより批判的に行うことを試みている。ただし、これらは普遍的な大原則として解釈されるべきではない。なぜなら、批判的デザイン思考は、デザイナーが特定の文脈や状況に応じて選択を行うことを可能にするものでもあるからだ。

デザイン思考は期待外れだったのか | スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー 日本版

「デザイン思考は終わった」的な決めつけに対する反発はあろうし、著者らによる「批判的デザイン思考」に対する批判もあろうが、思考の枠組みの立て直しは可能なのだろうか?

最後に余談だが、この文章の訳者である中嶋愛さんは、ワタシが知る方なのかな?

最近ご恵贈いただいた本の紹介

ありがたいことに、年末になって2冊本をご恵贈いただいた。後述する理由ですぐに感想を書ける本ではないので、ひとまず紹介させてもらう。

まずは、訳者の服部桂さんからご恵贈いただいたジョン・マルコフ『ホールアースの革命家 スチュアート・ブランドの数奇な人生』

言うまでもなく、およそ一年前に「風上の人、スチュアート・ブランドの数奇な人生」で原書を取り上げていた関係である。

Kindle 版の原書を読んで WirelessWire 原稿を書いたので、この邦訳を手にしたときは思わず、「分厚いな……」とつぶやいてしまった。

そして、これも訳者の高須正和さんからご恵贈いただいたマーガレット・オメーラ『The CODE シリコンバレー全史 20世紀のフロンティアとアメリカの再興』

実はワタシはこの本と少しだけ縁があり、やはり WirelessWire 連載で書いた「「テクノ楽観主義者宣言」にみる先鋭化するテック大富豪のイキり、そしてテック業界の潮目の変化」におけるデヴィッド・カープの文章の引用において、「シリコンバレーは、宇宙開発競争の時代に公的資金によって築かれた!」というフレーズのリンク先が、これの原書なのである。

しかし、封筒から本を取り出し、『ホールアースの革命家』より更に分厚いのに驚いた。これはすごい……。

時間はかかりそうだが、せっかくなので年末年始に読ませてもらいましょう。ありがとうございました。

レベッカ・ブラッド『ウェブログ・ハンドブック ブログの作成と運営に関する実践的なアドバイス』訳者あとがき全文公開

レベッカ・ブラッド『ウェブログ・ハンドブック ブログの作成と運営に関する実践的なアドバイス』のサポートページ訳者あとがきを全文公開。

なぜ今頃になってと思われるだろうが、今月、『ウェブログ・ハンドブック』が刊行されて20年になるんですね。ワタシは3冊本を訳しているが、『ウェブログ・ハンドブック』の「訳者あとがき」は、16ページ(!)にも及ぶ、例外的に長い文章だったので、20周年記念ということで今更だが公開させてもらう。まぁ、自己満足ですね。

テキストはワタシが編集者に渡した原稿を元にして、今見直すと結構細かく入った編集内容をできるだけ反映したつもりだが、抜けは残っていると思われる(が、それを気にする人などいないだろう)。

読み直して、今なら絶対こういう書き方はしないと思うところ、つまりはワタシ自身の考えが変わったところも多々あるが、それは当たり前の話である。現在、この文章が何かしらの価値を残しているかと言えば、残念ながらほぼないだろう。飽くまで20年前に書かれた歴史資料と考えてください。

注釈の URL はほぼ現在は残っていないので、リンクにしなかった。ネットに置けば残ると思っていた20年後の現実である。

ひとつ思い出話を書いておくと、日本語訳を見た原著者が、ワタシの訳者あとがきの最初にエピグラフらしきものがあるのが気になったようで、これはなんだと尋ねてきたので、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの "Some Kinda Love" の Between Thought and Expression Lies a Lifetime だと答えたところ、それはいいねと言ってもらえた覚えがある。

修理できないなら、所有していることにはならない? リペアマニフェストで再認識する「修理する権利」

www.ifixit.com

家電やガジェットなどの修理部品を販売し、製品の分解の解説並びにオンライン修理ガイドを公開する iFixit で Repair Manifesto が Pluralistic で取り上げられている。

マニフェストの日本語訳(リンク先 PDF ファイル)もあるが、そこにも書かれているように「修理できないなら、所有していることにはなりません」という「修理する権利」の訴えである。

www.oshwa.org

Open Source Hardware Association のブログで、このブログでもおなじみマイケル・ワインバーグが、何かを所有するということは、その使い方を決めることができるという原則を支持する準備書面を連邦控訴裁判所に提出したことを書いているが、これにも iFixit が名前を連ねており、一貫している。

wired.jp

最新の WIRED でも「修理する権利」を支持する文章を見かけたが、これを書いているのはロマ・アグラワルですな。

確かに「Appleがユーザー自身で端末を修理できる「セルフサービス修理」をiPhone 15シリーズとM2 Macに拡大、さらに診断ツールの「Apple Diagnostics for Self Service Repair」もリリース」といった記事を見ると、「修理する権利」に後ろ向きなイメージがあった Apple までもと驚くのが正直なところ。

しかし、「修理する権利」の重要性を考える上で決定版な本を紹介したときも書いたが、デジタル家電の複雑化、サイバーセキュリティ、特許保護など「修理する権利」に反対する理屈はいくつでもあるし、そもそもかつてよりもこうしたガジェットもソフトウェアの比重が高くなり、ハード面の修理でどうにかならない場合も多いだろう。

組み込み機器に Linux が採用されることで、そのファームウェアも自分たちでコントロールできるようになるという夢もかつて語られたが、Linksys ルータなどを対象とする OpenWrt Project といった少数の例外にとどまっている。現実はそう簡単にはいかない。

しかし、これはなぜ我々は電子書籍を「所有」できないのかという話(参考:The Anti-Ownership Ebook Economy - Introduction 日本語訳)にも通じる話で、「修理できないなら、所有していることにはならない」という訴えを再認識するのは意味あることだろう。

これこそ日本のものづくり? 海外で注目されるプロセスXの動画

www.openculture.com

日本のマンホールの蓋を大量生産する現場が取り上げられている。手がけるのは日之出水道機器株式会社である。

boingboing.net

こちらでは、北星鉛筆株式会社の工場で、鉛筆を大量生産する現場が取り上げられている。

boingboing.net

そして、食品模型のアイディアにおける、レストランのショーケースなどに並ぶ食品サンプルの制作現場が取り上げられている。エントリタイトルに Shigeharu Takeuchi(竹内繁春)という職人の名前が冠せられているが、まさに彼の職人芸としか言いようがないし、彼の自信に満ちた笑顔もイイね。

これら3つのブログ記事に共通することはなんだろう? もちろん日本におけるものづくりの現場をとらえた映像なのだが、その3つともプロセスXYouTube チャンネルの動画である。

この「プロセスX」が何者かワタシはよく知らないのだが、海外のブログが好んで取り上げる日本のものづくりの現場のツボを押さえている(実際、YouTube の動画へのコメントも日本語以外が多い)。

このあたり、受ける日本のコンテンツを考える上で示唆的なのだが、それがもはや最先端のデジタル技術でないところにワタシなど一抹の哀しさも覚えてしまう。

原田裕規によるクリスチャン・ラッセン本が2冊も出ていた

小田切博さんの投稿で、『評伝クリスチャン・ラッセン』なる本が出たばかりなのを知る。

クリスチャン・ラッセンと言えば、Wikipedia 英語版に項目すらないが、バブル期以降の日本で高い認知度を誇る画家である。その評伝は確かに興味深い。

この評伝の著者の原田裕規は、先月にも『とるにたらない美術 ラッセン、心霊写真、レンダリング・ポルノ』という本を刊行したばかりだった。

これもラッセンの名前が冠せられており、全部ではないがラッセン本なのだろう。確かにこれは異色の美術論集だろう。

著者は10年前にも『ラッセンとは何だったのか? 消費とアートを越えた「先」』(asin:4845913143)という編著を出しているが、この新刊二冊がラッセン研究(?)の決定版になるのだろうか。

ところで、そのクリスチャン・ラッセン本人は今何やっているのかと調べてみたら、「海底熟成ワイン×クリスチャン・ラッセンのコラボレーション 「海底熟成ラッセンワイン」を12月23日に海底へ設置」というプレスリリースが出てきた。

「海底熟成ラッセンワイン」というフレーズの訳の分からなさがラッセンらしい(?)。お元気そうで何よりである。

元キュアーのロル・トルハーストによるゴスの歴史本が気になる

Pitchfork、そして Rolling Stone で2023年に出た音楽本のベスト選が記事になっているが、ここでも取り上げたウィルコのジェフ・トゥイーディーの著書サーストン・ムーアの回顧録が入っている。

二つともに入っている本では、ルー・リードの新たな伝記本があるが、元キュアーのロル・トルハーストの Goth: A History が入っているのが目を惹いた。

Goth: A History

Goth: A History

Amazon

ロル(ローレンス)・トルハーストは、キュアーの結成からのメンバーで、初期はドラム、その後キーボードに転向したが、バンドの成功とともに酒浸りになってしまい、バンド内で半ばいじめの対象となった挙句、最高傑作『Disintegration』(other instruments とクレジットされているが、ほぼ何の貢献もなかった)発表後にバンドをクビになってしまう。

当時はロバート・スミスもインタビューで「死ねばいいと思う」とか無茶苦茶言ってたし、バンドに裁判を起こすも返り討ちにあったりしたが、2011年には共演も実現しており、ロバスミと和解したものと思われる。

彼は2016年に Cured: The Tale of Two Imaginary Boys というキュアー時代の回顧録を書いているが、今年出た本はズバリ、当事者として語るゴスの歴史本のようだ。Guardian の書評によると、トルハーストはゴスを80年代の話だけではなく、現在も文化的反抗の一形態と考えているようだ。オール・アバウト・イヴのジュリアンヌ・リーガン、ミッションのウェイン・ハッセイへのインタビューも含まれるとな。

ゴスの歴史本ってありそうでないように思うので、邦訳を期待したいところである。

[YAMDAS Projectトップページ]


クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
YAMDAS現更新履歴のテキストは、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 非営利 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されています。

Copyright (c) 2003-2023 yomoyomo (E-mail: ymgrtq at yamdas dot org)