私的ゴールデンウィーク恒例企画である「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする」だが、2011年に始まったこの企画も遂に10回目を迎えてしまった(過去回は「洋書紹介特集」というタグから辿れます)。
昨年、「おそらくは来年10回目はなく、今回で最後になるのではないか」と書いたが、結局それからの一年も本ブログにおいて結構な数の洋書を紹介したので、またできてしまうこととなった。
しかし、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』のプロモーションも実質終わっているので、つまりは本ブログの更新もめったにはなくなり、よってこの企画も今回で終わりである。ちょうど10回、キリが良い。
今回は34冊というかなりのボリュームになった。洋書を紹介しても誰も買わないので、アフィリエイト収入にはまったくつながらないのだが、誰かの何かしらの参考になればと思う。
実は既に邦訳が出ている本を紹介していたり、邦訳の来るべき刊行情報をご存知の方はコメントなりで教えてください。
Yancey Strickler『This Could Be Our Future: A Manifesto for a More Generous World』
自分が書いたブログ記事が、樋口恭介さんに言及いただくなど話題になったのは嬉しかった。KickStarter 共同創業者という肩書から予想されるものとは違った方向性の書籍というのに邦訳を期待してしまう。
ステファニー・ケルトン『The Deficit Myth: Modern Monetary Theory and the Birth of the People's Economy』
MMT の主唱者であるステファニー・ケルトンの名前は日本のメディアでも一時期多く目にしたが、今年6月に満を持して刊行されるこの本が、彼女にとって初めての著書ということになるのかな。ご本尊の本なのだから、間違いなく邦訳が出るだろう。
パティ・スミス『Year of the Monkey』
恥ずかしながら見落としていたのだが、『ジャスト・キッズ』のあと『M Train』(asin:1408867702)という続編が出ており、本作は三作目にある。
タイトルの意味はズバリ「申年」のことで、『ジャスト・キッズ』のような昔の回想録ではなく、申年だった2016年の思考をまとめたものらしい。
Casey Rae『The Priest They Called Him: William S. Burroughs & The Cult of Rock 'n' Roll』
こういう本って、ウィリアム・バロウズにサブカルチャーとしてのブランド価値が高かった頃なら間違いなく山形浩生に話が行き、邦訳出ていたと思うのだけど、今は難しいのだろうな。
アラン・クルーガー『Rockonomics: A Backstage Tour of What the Music Industry Can Teach Us About Economics and Life』
著者はアメリカを代表する経済学者だったが、著書の邦訳は『テロの経済学』(asin:4492313915)くらいしか出ていない。遺作となった、しかも内容も堅苦しくなく、かつて『デジタル音楽の行方』を翻訳したことのあるワタシ的にも縁の深い「音楽の経済」というテーマを扱った本なので、邦訳を期待したい。
本当にブレット・イーストン・エリスがこんな面白いことになっているとは知らなかったし、青木耕平というとても面白い書き手に出会えたこともありがたく思う。しかし、あんまり邦訳が出なくなりつつある作家なので邦訳は難しいかなぁ。
Gretchen McCulloch『Because Internet: Understanding the New Rules of Language』
インターネット言語学というか、「インターネットと言葉の関係」というのはありそうでなかった本なのは間違いない。ニコラス・カー式のネガティブな視座ではなく、それをポジティブにとらえているのも貴重なので邦訳を期待してしまうが、こういう本ってネットスラングめいた表現も頻出するので、翻訳は厳しいのかも。
Lorraine Plourde『Tokyo Listening: Sound and Sense in a Contemporary City』
著者は日本における音研究の他にもベビーメタルについての論文も書いたりしている。こういう本は邦訳が出なきゃいかんでしょ! と思うのだが、難しいのだろうか。
Brian Raftery『Best. Movie. Year. Ever.: How 1999 Blew Up the Big Screen』
確かに1999年に作られた映画には、すごい作品が多い。だいたい20年前、スマートフォンは存在せず、インターネットもまだ誰もが使うところまではいってなかったのもポイントかもしれない。そういえば、アレクサンダー・ペイン『ハイスクール白書 優等生ギャルに気をつけろ!』は未だ観れてないんだよな。
2020年、世界は新型コロナウイルスに蹂躙されて映画館は軒並み閉館し、映画の撮影さえできない有様である。そうした意味で、今や世界的な有名人である俳優や監督が若かりし日に傑作を撮った「映画史上最高の年」が違った意味で輝きを持ってしまった現在なのかもしれない。
邦訳について小耳に挟んでいるのでここに取り上げる必要はないのだけど、日本で受けるかはともかくとして、ローナン・ファローの仕事の影響力が抜群に大きかったのは間違いない。
これも放っておいても邦訳が出る本なのは間違いない。今年後半に山形浩生が訳してくれるでしょう。映画『21世紀の資本』はトマ・ピケティ本人が出演する気合いの入った映画みたいだが、やはりコロナ禍にやられたのは気の毒である。というか、ワタシも観れなかったし。
ルー・リード『I'll Be Your Mirror: The Collected Lyrics』
何度も書いているが『ニューヨーク・ストーリー: ルー・リード詩集』(asin:4309206395)があるので本書の邦訳は期待薄であるが、上で紹介したウィリアム・バロウズとロックアイコンたちの関わりの本とか、こういうのが出ないのって長年の洋楽ファンとしては悲しい限りである。
アテンション・エコノミーへの反逆自体は目新しいものではないが、この本の場合、ミレニアム世代による SNS 時代のスローダウン、無為の喜びを説いていて、そうした意味で図らずもコロナ時代により必要なものになっていると思うのである。
Andrew Marantz『Antisocial: Online Extremists, Techno-Utopians, and the Hijacking of the American Conversation』
テクノユートピアニズムを信奉する巨大テック企業らによるソーシャルメディアが民主主義を破壊したと糾弾する本の決定版と言えるものだが、既に翻訳の版権がとられているならいいのだが、そうでないなら八田真行あたりに翻訳を依頼する出版社はないものか。
そうそう、彼の TED2019 講演「荒らしや虚偽宣伝活動家が潜むインターネットの奇妙な世界」は日本語字幕が完成しているのでどうぞ。
Janelle Shane『You Look Like A Thing And I Love You: How AI Works And Why It's Making The World A Weirder Place』
AI 本はここ数年山ほど出たが、これはその中でも時宜を得た、望まれているものだと思いますね。
デイヴィッド・ケイ『Speech Police: The Global Struggle to Govern the Internet』
著者の日本語版のウィキペディアページは英語版よりも遥かに詳しくて、なんでかと思ったら、国連特別報告者として2016年に行った日本に対する提言、並びにそれに対する反応が注目されたためだった。それはともかくとして、少し前に中国が(IETF でなく)ITU に現在より統制しやすいインターネット規格をしかけてきたが、コロナ時代に言論への統制の欲望が噴出する兆しは多くあり、そうした意味で今どきな本なのかもと思う。
当初のリリース予定なら既に発売されているはずなのだが、今見ると今年の9月末に刊行が伸びている。それは残念だが、彼女の本は求められているものだと思うし、邦訳についても同様である。
アンドリュー・キーン(Andrew Keen)『Tomorrows Versus Yesterdays: Conversations in Defense of the Future』
本当にこの人もコンスタントに新作を出しており、しぶといよなぁ。新刊は元々3月刊行の予定だったが、8月に変更になっている……と思ったら、Kindle 版は既に発売を開始してる? キーンのウェブサイトにおける本書のサポートページも現状中身は空に近い。どうなっているのだろう?
Caroline Criado-Perez『Invisible Women: Exposing Data Bias in a World Designed for Men』
これも放っておいても邦訳が出る本だと思うが、つまりはとても時宜を得た本ということですね。
マーカス・デュ・ソートイ『The Creativity Code: How Ai is Learning to Write, Paint and Think』
AI はアートを創作をできるのか? つまり、創造性を持てるのか? 将棋の世界で将棋ソフトが新手をいくつも生み出しているのを知る人間としては、それはできるでしょうと素直に思ってしまうのだけど、本当に AI はオリジナルの音楽や絵画を創造できるのか、というのは多くの人が知りたい話だろう。
著者の本では『素数の音楽』(asin:410218421X)、『シンメトリーの地図帳』(asin:4102184228)、『数字の国のミステリー』(asin:4102184236)といった邦訳があり、本書についてもじきに出るんじゃないのかな。
Christopher Wylie『Mindf*ck: Cambridge Analytica and the Plot to Break America』
ブリタニー・カイザーの本も邦訳が出たんだから、こちらも出てほしいところ。今回の洋書紹介でも、テクノロジー大企業による民主主義の侵害を取り上げた本がいくつもあるのだけど、本書の場合はその極めつけの実例についての本と言える。
著者のクリストファー・ワイリーの提言は(シリコンバレー人種の反発を買うのが容易に想像できるだけに)重い。
- ソフトウェアエンジニアとデータサイエンティストへの倫理綱領が必要。エンジニアはプロダクトを作ることと、作ったプロダクトが世の中でどんな使われ方をするかに大きな乖離があり、プロダクトが出たあとではエンジニアに個人的な関与がないことが問題だ。医者や弁護士、建築家のような専門職のように決定機関により裏付けされた倫理綱領を作り、それを破ったものには社会的な結果が伴うものとなる必要がある
- インターネットユーティリティの規制は別のものとして考えるべきだ。デファクトスタンダード(事実上の標準)になった圧倒的独占地位を持つインターネット企業は「インターネットユーティリティカンパニー」という位置付けで、より高い水準の説明責任と決定機関により管理される義務づけ、罰金などが課せられるべき
- 「デジタル規制当局」の設立。インターネットユーティリティカンパニーが消費者に及ぼす精神的、社会的影響などを検討し、積極的に技術的な監査を行う捜査当局が必要
誰が「個人情報の警察」になるのか。アメリカで進むプライバシー規制と提言 | Business Insider Japan
レヴィの本なら、来年には邦訳が出るだろうし、それが新たな Facebook についての定番本になるのだと思う。しかし、彼も来年は70歳なんだな……って関係ないけど、日本では渋谷陽一が彼と同い年だね。
トランネットの翻訳者オーディションにかかった本なので、今年中に邦訳が出るのは間違いない。本来であれば、今年の春はライブハウスで行う来日公演という珍しい企画が実現し、そしてディランは日本の桜を花見して楽しめたはずが(ワタシの勝手な想像)、こんなことになってしまったわけである。果たしてディランがまた日本の地を踏む日は来るのだろうか……。
アダム・クチャルスキー『The Rules of Contagion: Why Things Spread--And Why They Stop』
著者の本では『ギャンブルで勝ち続ける科学者たち: 完全無欠の賭け』(asin:4794224273)という面白そうな本の邦訳が既に出ているが、本作は感染症の専門家としての本領を発揮した本、しかもタイミング的にこれ以上ないほど当たりまくった本なので、既に翻訳作業が進んでいるのではないか。
ロバート・スキデルスキー『What's Wrong with Economics?: A Primer for the Perplexed』
著者はケインズについての評伝が有名な経済歴史学者だが、これも時宜を得たテーマだと思うんだよね。
Kevin Roose『Futureproof: 9 Rules for Humans in the Age of Automation』
ありゃ、著者によるサポートページを見ると、当初今月発売予定だったのが、2021年1月に延期になっているね。
実際、今回紹介した本についても、本を出したはいいが、宣伝のために著者が全米各地で行うブックツアーが軒並み中止に追い込まれていて、映画よりは影響を受けにくいと思われる本についても、刊行延期は珍しくない。
もしかすると本書の場合、今回の新型コロナウイルスの影響を本に盛り込むための延期かもしれないね。
さて、ここまでがワタシのブログで紹介済みの本である。以下は、今後刊行される本の中から注目なものを取り上げておく。
『ウィキノミクス』や『マクロウィキノミクス』は今や昔、前作は『ブロックチェーン・レボリューション』とぶちあげていたが、新作は今度は「サプライチェーン革命」をぶちあげている。ただ副題を見れば、今も彼にとっての最重要トピックはブロックチェーンらしい。
ドン・タプスコットのブログにおける本書の紹介エントリを見て、あれっ? となった。Amazon の書影では、"Edited with a preface by Don Tapscott" となっているのが、こちらでは "Edited with a preface by Alex Tapscott" となっていて、前作の共著者である息子さんの名前に置き換わっている。
おそらくはこちらの情報が正しいのだろう。そうなると、本書をドン・タプスコットの新刊とは言えないのかもしれない。