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WirelessWire Newsブログの連載を約5年半ぶりに再開します

WirelessWire Newsブログに「自由なソフトウェアと抗議と倫理の「(不)可能性」について」を公開。

I travelled to a mystical time zone
And I missed my bed
And I soon came home
(The Smiths, "A Rush And A Push And The Land Is Ours")

4月後半に竹田茂さんから、本ブログのエントリの WirelessWire News への転載を打診され、若干の逡巡の後、それなら新作を書きますよと回答させていただいた。

2013年7月から2016年11月まで行っていた WirelessWire News 連載の、「ネットにしか居場所がないということ(前編後編)」以来、実に5年半ぶりの再開である。

2016年12月末に公開した「マルガリータのプールの中でサイトを畳むことに決めたんだ」において、ワタシは無期限の活動停止を宣言している。その後、電子書籍『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』の刊行を受けて、その宣伝目的で本ブログをたまに更新してきた。

今回、WirelessWire News 連載を再開するにあたり、上記の無期限活動停止の宣言は撤回させていただく。

2016年に無期限活動停止を宣言した理由については、『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』のボーナストラック「グッドバイ・ルック」を読めば、想像していただけるかと思う。そのときの懸念は今も残っているのだが、それでも活動を再開することに決めた。

ただ、それで本ブログの更新頻度が往時のように上がるというわけではないのをお断りしておく。WirelessWire News 連載に力を入れる必要もあり、近年の月2、3回程度の更新がせいぜいだと思う。

今の時点では、連載もどれくらい続くかは分からない。竹田さんとは月一程度の更新で合意しているが、できる範囲でやっていくつもりである。正直、今の時点では、それが三冊目の電子書籍にまとめられる分量になるとは考えていない。

今回は、まだ書けますよというのを示すためかなり長くなってしまったが、できれば次回以降は各回この半分くらいの分量にしたいところ。

ライアン・ノースのポピュラーサイエンス本『世界を征服する方法』が面白そうだ

doctorow.medium.com

コリイ・ドクトロウの紹介で、ライアン・ノース(Ryan North)の新刊 How to Take Over the World が出ているのを知る。

本の公式サイトができているので、詳しくはそちらをあたっていただきたいが、『世界を征服する方法:悪の親分を目指す実践的な策略と科学的な解決法』という書名がなんとも可笑しい。コミックに登場するヴィランのサイエンスを紹介する本とな。

著者のライアン・ノースは Dinosaur Comics の仕事でも知られるが、笑えて、使えて、誰かに話したくなる。タイムトラベラーのみなさんに役立つ実用書と宣伝された『ゼロからつくる科学文明』の邦訳がある。

新刊も前作と同じくタイトルがすごくポップで、ライアン・ノース(と編集者)はタイトル付けのセンスがあるね。これは新たな傑作ポピュラーサイエンス本の誕生の予感。

コミックライターの作者であり、科学を分かりやすくかみ砕いて書けるところなど、『ホワット・イフ?』や『ハウ・トゥー』でおなじみのランドール・マンローに近いものを感じさせる。

『世界を征服する方法』もおそらくは今年末以降に早川書房から邦訳が出るに違いない。

Wiki Workshopというイベントが開催されているのを知る

wikiworkshop.org

調べものをしていて、Wiki Workshop 2022 なるイベントの開催が、先月末告知されているのを知った。実際のオンライン開催は今年12月の予定。

Wiki を名前に冠した国際的なカンファレンスの類というと、昔は WikiSym があったが、2014年から OpenSym という名前に変わり、昨年の OpenSym 2021 まで続いている模様。

もうひとつウィキメディア財団主催の Wikimania があり、Wikimania 2022 は今年8月に開催予定である。

この二つは知っていたが、2016年以来、Wiki Workshop も毎年開催されていたんですね。主な対象は Wikimania と同じく Wikipedia みたいだけど、今どき Wiki を名前に冠した研究発表会、カンファレンスというだけで何か嬉しくなる。

Wiki Workshop 2022 では、ローレンス・レッシグコリイ・ドクトロウといった、このブログでもおなじみな人が講演を行う予定である。

そういえばローレンス・レッシグ先生の『They Don't Represent Us: Reclaiming Our Democracy』は、そろそろ邦訳が出てもいい頃じゃないかな?

なぜか今になってエドワード・ホッパーがきているのだろうか

bluediary2.jugem.jp

ここで『エドワード・ホッパー作品集』が3月に出ていたのを知る。

今年が生誕140周年だからというわけでもないのだろうが、エドワード・ホッパーの作品を100点近く収めた画集が出たのは喜ばしい。

magazine-k.jp

エドワード・ホッパーというと、なんといってもこの本の表紙にも使われている Nighthawks が有名だが(ちょうど80年前に描かれた画なのか)、東京創元社から先月末に新たに出たレイモンド・チャンドラーの最高傑作の新訳『長い別れ』の表紙にもこれが使われていて、おーっ、と血が湧きたつのを感じた。

ワタシはなんといっても清水俊二訳『長いお別れ』(asin:4150704511)をこよなく愛する人間だが、村上春樹『ロング・グッドバイ』asin:4150704619)もあるところに田口俊樹訳が加わる。

このように複数の訳が普通に共存して売られるなんて、まるでレイモンド・チャンドラードストエフスキーみたいじゃないか! 素晴らしい。

カモン カモン

マイク・ミルズの名前は以前から気になっていたのだが、この人の映画を観るのは実はこれが初めてだった。それが『ジョーカー』以来のホアキン・フェニックスの主演作となれば行かない手はない。

ゴールデンウィーク入りの前日にレイトショーで観たが、客はワタシとあともう一人だけだった……。

ワタシは映画初心者なもので、現代劇を白黒で撮る意義というのがいまひとつ分からないところがあり、というかどちらかというと批判的なのだけど、結果的にアメリカのいくつかの都市が舞台となるロードムービーの趣を呈する本作は、画面に落ち着きを加えていたように思う。ニューヨークパートはどうしても『マンハッタン』を想起したが。

ワタシには子供がおらず、また甥や姪もいないため、なるほど、今どきの子育てというのは、このように子供と向き合うべきなのか、というかこんな場面になっても頭ごなしに怒ってはダメで、むしろ自分の態度を謝らなければならないのか、と学ぶところが実はあった。

主人公の甥のジェシー君は利発な子供だが神経過敏でエキセントリックでもあり、やはり大人と同じにはいかない。そのあたりの距離感、もちろんジェシー君はまだ助けは必要だが、それは彼の父親と母親にも助けは必要であり、それを言うなら主人公もそれは同じことだ。しかし、子供と大人は同じではない、というのをちゃんと描いている。

また本作では、主人公とジェシー君の母親である彼の妹の間にできた溝についても、二人が電話で語り合う際の「全人生の妙なクソ状態」という実に良い表現がでてきたあたりでグッと締まるのを感じた。

それにしても本作の主人公の、ラジオ番組のために子供たちへのインタビューを収録するというドキュメンタリー的な設定が強力で、実際にインタビューで語られる内容が、本作のタイトルである「先へ 先へ(C'mon C'mon)」とあいまって、大人たちへのメッセージにもなっているように思う。

邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2022年版)

私的ゴールデンウィーク恒例企画である「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする」を今年もやらせてもらう(過去回は「洋書紹介特集」カテゴリから辿れます)。

その前に、今年までは、拙著『もうすぐ絶滅するという開かれたウェブについて 続・情報共有の未来』の宣伝を最初にさせてください。

さて、今回はぴったり全30冊の洋書リストとなった。毎年書いていることの繰り返しだが、洋書を紹介してもアフィリエイト収入にはまったくつながらない。それでも、誰かの何かしらの参考になればと思う。

あとここ数年、Amazon リンクの書影画像が一部表示されない現象に悩まされている。昨年は紙の本だけリンクしていたが、考えてみればわずかなりでも買おうとする人がいるとすれば、今どきなら電子書籍が最初の選択肢だよな、と思い直し、紙の本と電子書籍が両方出ている場合は Kindle 版だけリンクさせてもらう。

こちらの調べが足らず、実は既に邦訳が出ていたり、またこれから出るという情報をご存知の方はコメントで教えていただけるとありがたいです。

Kate Darling『The New Breed: What Our History with Animals Reveals about Our Future with Robots』

ロボット倫理学研究の第一人者である著者の仕事については、サイボウズ式に掲載されたインタビュー記事が詳しい。

既に「AI倫理」の問題が争点となっており、ロボット倫理学の本もこれは邦訳出るだろうと踏んでいたのだが、なかなか出ませんな。

Daniel Graham『An Internet in Your Head: A New Paradigm for How the Brain Works』

「あなたの頭の中のインターネット」というのはキャッチ―なタイトルをつけたものだし、邦訳も近いうちに出ると思ったんだけどねぇ。詳しい情報は公式サイトをあたってください。

Alan C. Logan『The Greatest Hoax on Earth: Catching Truth, While We Can』

少し前に Google 検索から↑のエントリへのアクセスが多くなっており、『キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン』のテレビ放送でもあったのかな?

自身の人生の伝説化って、うまくいけばものすごい快感なのかねぇ。詳しくは公式サイトをあたってくだされ。

Matt Blumberg『Startup CXO: A Field Guide to Scaling Up Your Company's Critical Functions and Teams』

フレッド・ウィルソンのブログエントリで知った本について調べていたら、その原著者の前の本の邦訳が出たばかりだったという次第である。

分量がなかなかのため、そう簡単には邦訳は出ないだろうな。

Steven Pearlstein『Moral Capitalism: Why Fairness Won't Make Us Poor』

ワシントンポストのコラムニストであり、ピューリッツァー賞論説部門の受賞経験もある著者の本は、これまで邦訳が出ていないので、これも難しいか。ただ、「道徳的資本主義」という書名といい、「公平さは我々を貧しくはしない」という副題といい、アメリカの資本主義の病み具合を反映している……と書くと怒られてしまうかもしれないが。

エズラ・クラインが推薦の言葉を寄せているが、分かる気がする。

Gary Ginsberg『First Friends: The Powerful, Unsung (And Unelected) People Who Shaped Our Presidents』

ソフトバンクで重役やってた人が出した、しかもビジネス分野と何の関係もなさげな本というのを面白がって取り上げたが、これはアメリカの大統領という一種のアイコンを語る上で面白い着眼点を与えるものではないか。

リンカーンフランクリン・ルーズベルトケネディなど日本でも知名度の高い大統領について書かれているしね。

ジョン・マルコフ(John Markoff)『Whole Earth: The Many Lives of Stewart Brand』

今年、クリストファー・アレグザンダーが亡くなったが、スチュアート・ブランドという人は、IT が本業でないのにその方面に多大な影響を与えたという意味で、アレグザンダーと共通するところがある。

ケビン・ミトニックとツトム・シモムラの戦いも今や昔、ジョン・マルコフも70を過ぎている。これが彼の最後の本になるかもしれない。そして、本書はスチュアート・ブランドの生前に書かれた決定的な伝記本である。これは邦訳が出ないといけない本でしょう。

Casey Rae『Music Copyright: An Essential Guide for the Digital Age』

ワタシもかつて『デジタル音楽の行方』という本を訳した人間として、この本並びにその著者の Casey Rae には興味もあるのだが、この手の仕事に関わる余裕はもうなかろうね。

ドン・タプスコット(Don Tapscott)編『Platform Revolution: Blockchain Technology as the Operating System of the Digital Age』

失礼を承知で書くが、本書がドン・タプスコットの名前が冠せられた最後期の本になるはずだ。その後半生をウィキやブロックチェーンといった技術トピックに飛びついて本を書き、特にブロックチェーンについては三部作(?)書いたのはすごいことだと思う。

Nathan Myhrvold、Francisco Migoya『Modernist Pizza

このシリーズは分量、値段も驚異としか言いようがないのだが、天才ネイサン・ミアボルドの素晴らしき道楽である。このシリーズについては Modernist Cuisine のサイトを見ていただくのがよいが、このシリーズの新作があるとすれば、次は何がテーマになるんだろうね。

Rob ReichMehran Sahami、Jeremy M. Weinstein『System Error: Where Big Tech Went Wrong and How We Can Reboot』

『監視資本主義』という金字塔の後、それならイノベーションを阻害し、民主主義の敵ですらあるビッグテックを相手に、政治は何ができるか、どのように現状を正せるかを論じる段階に来ていることを反映した本なので、これは邦訳が出るべき。

ジョン・ルーリー『The History of Bones: A Memoir』

この本の話は、ジム・ジャームッシュへの強烈な批判を含むという点でショッキングだったが、それ以外の話もなかなか面白そうなので邦訳を読みたい。

思えば、長らくジョン・ルーリーの話題を聞かなかったが、2021年から HBO で Painting with John という番組をやっており、健在ぶりを示していて何よりである。

トム・スタンデージ(Tom Standage)『A Brief History of Motion: From the Wheel to the Car to What Comes Next』

トム・スタンデージというと、The World Ahead 20222022年世界はこうなる)も話題になったけど、「車の黄金時代の終焉」をテーマにするこの本は邦訳は今年あたり出るんじゃないですかね。

艾未未『1000 Years of Joys and Sorrows: A Memoir』

そもそも、今アイ・ウェイウェイはどこでどういう生活をしているのだろうな。またそうした意味で、この本を知る情報源となったエドワード・スノーデンが、ロシアによるウクライナ侵攻開始以降、完全に沈黙しているように見えるのもなんというか心配になる……。

サンジェイ・グプタ、クリスティン・ロバーグ『World War C: Lessons from the Covid-19 Pandemic and How to Prepare for the Next One』

正直、この本が翻訳されるまでコロナ本の需要は続かないかなとも思うが、調べてみたらサンジェイ・グプタの本は、『SHARP BRAIN たった12週間で天才脳を養う方法 エミー賞受賞、CNN医療など各界で大活躍の脳神経外科医が教える、記憶力・想像力を引き出し、脳を活性化させる画期的メソッド!』(asin:4866515236)が来月出るのを知った……って、いくらなんでも副題が長すぎるだろ!!

Saul Griffith『Electrify: An Optimist's Playbook for Our Clean Energy Future』

この本についてブログで取り上げたところ、すぐに某社の編集者からメールをいただいたのだけど、邦訳の話が順調に進んでいることを期待したいところである。

ところで、ロシアによるウクライナ侵攻は、この本の主張にどういう影響を与えるのだろうか。

Michelle Zaunerジャパニーズ・ブレックファスト)『Crying in H Mart: A Memoir

ジャパニーズ・ブレックファストとして昨年の『Jubilee』でブレイクしたと言ってよいと思うが、この回顧録ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに載るほど売れ、映画化決定とはすごいねぇ。

なお、書名の H Mart とは、全米に展開する韓国系のスーパーマーケットチェーンのこと。この本の刊行を受けて、コラボレーション企画のインタビュー動画も公開されている。

Shannon Mattern『A City Is Not a Computer: Other Urban Intelligences』

「都市はコンピュータではない」という書名は、上で取り上げている「我々の脳はコンピュータよりもインターネットに近い」話も連想したし、今年亡くなったクリストファー・アレグザンダー『都市はツリーではない』(asin:430605263X)も連想させるものがあり、またブログにも書いたジェイン・ジェイコブズによる都市の多様性の話への接続など、とても広がりがありそうで面白そうなのよね。

Nicole Perlroth『This Is How They Tell Me the World Ends: The Cyberweapons Arms Race』

本についての詳しい情報は公式サイトをあたっていただくとして、これは邦訳が出るべき本でしょう。その証拠に、アメリカと本格的にサイバー軍拡競争を行っている中国では、昨年のうちに既に中国語版(asin:6263100680)が出ているくらいなのだから。

メル・ブルックス『All About Me!: My Remarkable Life in Show Business』

メル・ブルックスが95歳で自伝を書いたというのも驚いたが、さすがに映画監督としてのキャリアは終わっているものの、近年の映画でも『トイ・ストーリー4』など声優をいくつもやっており、今年は『メル・ブルックス/珍説世界史PARTI』の続編を Hulu で手がけるなど、まだまだ彼は現役なのである。すごいねぇ。

Shermin Voshmgir『Token Economy: How the Web3 reinvents the Internet』

ブログにも書いたようにこの本自体はオンライン公開されており、その日本語版翻訳に期待という感じだが、電子書籍オンリーでないもので Web3 を書名に冠したものになると國光宏尚『メタバースとWeb3』(asin:B09W9B5Q6H)、雑誌では『WIRED VOL.44』(asin:B09VC4YQQW)くらいしかまだないみたい。

Tom Taulli『Modern Mainframe Development: COBOL, Databases, and Next-Generation Approaches』

オライリーからメインフレーム本というのにまずのけぞったが、それもモダンなメインフレーム開発を謳う本というのに、そういう余地がメインフレームにあるのかと驚いた次第。

昨年、『みずほ銀行システム統合、苦闘の19年史 史上最大のITプロジェクト「3度目の正直」』(asin:B084QBQDZ3)という本が話題となったが、果たして日本には「モダンなメインフレーム開発」の本の需要はあるのだろうか?

Aaron Perzanowski『The Right to Repair: Reclaiming the Things We Own』

「修理する権利」については、最近でも欧州議会で「修理する権利」の改善に関する提案が採択されたり、「修理する権利」に極めて後ろ向きと見られていた Apple の iPhone セルフ修理プログラムが米国で開始されたり、とコンスタントに話題になっており、この本の邦訳も期待されるのだが、さすがに難しいか。

ジミー・ソニ(Jimmy Soni)『The Founders: The Story of Paypal and the Entrepreneurs Who Shaped Silicon Valley』

マックス・チャフキン『The Contrarian』はここで取り上げなくても邦訳出るかなと思うのでこっちを挙げてみた。

そういえば、ピーター・ティールは2月にMeta の取締役を退任したと思ったら、「暗号通貨の敵はバフェット」ウォーレン・バフェットを名指しで敵認定したり、イーロン・マスクはご存知の通り Twitter を買収したりと、ペイパルマフィアは相変わらずの大暴れぶりである。

Sahil Lavingia『The Minimalist Entrepreneur: How Great Founders Do More with Less』

デカいことをブチ上げる起業本もいいのだけど、「ミニマリスト起業家」というコンセプトは、我々日本人に割としっくりくる話だと思うのである。ブログエントリにも書いたけど、今こそ日本のウェブメディアは Sahil Lavingia に取材に行くといいんじゃないでしょうか。

Nils Melzer『The Trial of Julian Assange: A Story of Persecution』

ウィキリークスにしろジュリアン・アサンジにしろ、ニュースバリューは一時期の比でもはやないのは仕方ないとして、少し前にとうとうアサンジの米国への移送を英国の英裁判所が命じている。上にも書いた、エドワード・スノーデンの沈黙とあわせ、実は恐ろしいことになっているのを危惧するものである。

Andy Greenberg『Tracers in the Dark: The Global Hunt for the Crime Lords of Cryptocurrency』

以下は過去にブログで紹介していない本になる(今回は2冊だけ)。既に Wired にかなーーり長く抜粋されているので、今回のリストに含めることにした。が、この本の発売は半年以上先なんだけどね!

著者の本はこれまでこのブログでも何度か取り上げているが(その1その2)、内部告発、サイバー犯罪(戦争)をテーマとする本をこれまで書いてきた人である(参考:WIRED.jp で翻訳されている彼の記事一覧)。前作『Sandworm』についてはカタパルトスープレックスを参照くだされ。

新刊は捜査機関がビットコインの匿名性を破り、世界的な児童ポルノの犯罪ネットワークを破壊した話を扱っている。なかなか内容がハードなので、これも邦訳は難しいかなぁ。

Barrett Brown『My Glorious Defeats: Hacktivist, Narcissist, Anonymous』

著者のバレット・ブラウンは Anonymous の協力者(自称スポークスマン)として知られ、Anonymous のドキュメンタリー映画 We Are Legion にも出演している。が、およそ10年前に FBI 捜査官(関係ないが、名前はロバート・スミス)を脅迫した容疑などで逮捕され、2017年に4年間の刑期を終えて出所している。

Intercept に収監中に(!)書いた一連の記事でナショナル・マガジン・アウォードを受賞したジャーナリストでもあるが、過去にドラッグの濫用で知られ、メンタルヘルスの問題もあり、何かと問題の多い人物には違いない(Twitter アカウントは永久 Ban されている)。それでも、Anonymous やハクティズムについて知る上で、彼の回顧録は読む価値があると思うわけである。

……が、およそ1年前に今度は英国で逮捕されてしまった。現在まで彼の本の出版はキャンセルされていないのだが、何せ刊行が来年1月まで伸びてしまったので、忘れないうちに今回のリストに追加した次第である。

それでは皆さん、ごきげんよう

次回予告。

I travelled to a mystical time zone
And I missed my bed
And I soon came home
(The Smiths, "A Rush And A Push And The Land Is Ours")

ジョノ・ベーコン著、高須正和訳『遠くへ行きたければ、みんなで行け ~「ビジネス」「ブランド」「チーム」を変革するコミュニティの原則』を恵贈いただいた

高須正和さんから『遠くへ行きたければ、みんなで行け ~「ビジネス」「ブランド」「チーム」を変革するコミュニティの原則』を恵贈いただいた。

ワタシは紙の本を選択したが、電子書籍版もある。

この本の情報を知ったとき、正直「やられた!」と思った。なんでこの本の原書を本ブログで取り上げてなかったのだ、と後悔したのである。

本書の著者ジョノ・ベーコンの本は、『アート・オブ・コミュニティ――「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには』を読んで感銘を受けていたし、その彼が Canonical を離れ XPRIZE 財団に移ったあたりはフォローしていたが、その後 GitHub を経て、コミュニティ戦略のコンサルタントとして独立したこと、そして『People Powered』を出していたのは見逃していた。

訳者の高須正和さんは、『世界ハッカースペースガイド』『プロトタイプシティ 深センと世界的イノベーション』という(共)著書、『ハードウェアハッカー 〜新しいモノをつくる破壊と創造の冒険』という訳書の仕事があるが、やはり近年はニコ技深圳コミュニティに代表される、深センの最新動向を伝える仕事のイメージが強い。

本書は『アート・オブ・コミュニティ――「貢献したい気持ち」を繋げて成果を導くには』と同じくコミュニティ運営についての本なのだけど、CanonicalGitHub の名前からも分かる通り、ジョノ・ベーコンはオープンソースコミュニティと関わる仕事で名を挙げた人であり、翻訳者による序文を読むと、コミュニティ運営も仕事の柱であり、中国オープンソースアライアンス開源社に参加することでジョノ・ベーコンと出会い、本書の翻訳につながったことが分かる。

少し奇妙にも思える本書の邦題は、第1章のエピグラフに掲げられたアフリカのことわざに由来するんですね。

「コミュニティメンバーと関わるうえでの10則」など、本書にはいくつか有用なリストが含まれるが、例えば、本書で挙げられるコミュニティに必要な4つの材料を見ると、やはり著者とオープンソースコミュニティとの関わりがイメージできるように思う。

  • コラボレーションのための明確でオープンなアクセスの提供
  • シンプルで明確なピアレビューのプロセス
  • 共同作業のワークフローは変更可能
  • 機会の平等と公平な競争の場の提供

 オープン性は「正真性」を生む。これはこの本で一貫して追求しているものだ。コミュニティとそのメンバーは正真性を必要としているだけでなく、それを尊重している。(p.195)

本書は『アート・オブ・コミュニティ』と同じく前向きで活気に満ちた本であるが、コミュニティのメンバーをセールスチームの下請けや部下みたいに扱ってはいけない、多くの会社や組織が身勝手な10代の若者のように自己中心的になるまちがいを犯してるぞ、といった注意点はしっかりおさえられている。

また本書では、オンボーディングの重要さが強調されており、コミュニティ導入路モデルの図も何度も登場するが、コミュニティはそれがあるだけで意味がある、コミュニティに参加するだけで素晴らしい、みたいなただふわふわとした話ではなく、当たり前だが KPI も明確に測定可能な数値目標も必要だし、目標の達成ははっきりとイエス/ノーで答えられるべき、「まあまあです」なんて答えはありえない、とキッパリ書いているのもメリハリがついている。

 だが熱意はリスクでもある。現実のリスクや制約に関わらず、なんでも可能だと訴える、多くの自己啓発本の地獄に落ちてしまってはならない。野心は大胆で勇敢であっても、現実に根差したものであるべきだ。現実的な成功とはなにかを理解すること。(p.168)

本書に示される「コミュニティ参加のフレームワーク」を見ると、読者にもう少し身近な、できれば日本の事例を知りたいと思うのが人情だが、それに応えるのが関治之氏の解説「Code for Japanはどのようにコミュニティを運営しているのか」である。

これが良いのだ。日本語版にオリジナルの解説が追加されること自体は珍しくはないが、多くの場合、本が扱う分野に詳しいその筋の著名人が、本の内容や著者に少しだけで触れただけで、あとはその著名人が気持ちよさそうに自説を書き飛ばす「いつもの話」を読まされることも少なくない。

関治之氏の解説はそうでなく、「コミュニティ参加のフレームワーク」に Code for Japan のコミュニティを当てはめるなど、本書の内容や語り口をしっかり受け継いだものになっている。また本書はコミュニティ運営について網羅的に語られているが、唯一コミュニティメンバーの行動規範(Code of Conduct)の話が直接的には出てこないなと思っていたが、この解説でそれにちゃんと触れられており、良い補完になっている。

そういうわけで、本書の出版記念ということで、id:pho さんと Twitter スペースで高須さんと今週土曜日に話をします! 自分で書くとアホみたいだが、性格が暗く口下手なワタシのこういうのに参加するのは貴重な機会です。ワタシはもはや終わった人間なので、本書と高須さんの活動とのつながり、つまりはコミュニティ運営や中国オープンソース界隈の話が聞ければと思います。ただワタシ自身、まともに Twitter スペースで発言者になること自体、今回が初めてなので、粗相があったらごめんなさい。

ジェフ・ベゾスのべらぼうな富をなんとか可視化してみる

www.nytimes.com

Amazon の CEO の座を昨年退いた、とはいえ世界有数の大金持ちであることに変わりないジェフ・ベゾスの資産をなんとか分かりやすいように可視化してみようという試みである。

なんというかグッときたところをいくつか列挙しておく。

  • Amazon のフルタイム従業員の平均年収は37930ドル(2020年)だが、その給料で働き続けてベゾスの資産を稼ぐには450万年かかる
  • 資産の中央値を白血球1個だとすると、ベゾスの資産はナガスクジラに匹敵
  • ベゾスは42万エーカーの土地を所有している推定だが、これはアメリカにあるオレンジ畑全体とウォルト・ディズニー・ワールド・リゾートとセントラルパークとペンタゴンの土地全体を足したよりも広い
  • COVID-19 のパンデミックが始まった2020年3月から現在までにベゾスの資産は倍近くになっている
  • 2012~2022年の収入からすると、ベゾスは1秒ごとに500ドルを稼いでいる計算になる。

特に、資産の中央値とベゾスの資産の比較は、上に挙げた例の他にもいろんな見せ方をしているが、いずれももはやもう何がなんだか分からない、というレベルである。

いやはや、すごいね。ネタ元は kottke.org

さて、ジェフ・ベゾスというと、昨年末に初めての文章集『Invent & Wander』の邦訳が出ているが、『ジェフ・ベゾス 果てなき野望-アマゾンを創った無敵の奇才経営者』に続くブラッド・ストーンの『ジェフ・ベゾス 発明と急成長をくりかえすアマゾンをいかに生み育てたのか』が発売とな。

ジェフ・ベゾス 果てなき野望-アマゾンを創った無敵の奇才経営者』は、読んだ後ジェフ・ベゾスに何より恐怖を覚える強烈な本だったが、その続編にあたる本作は、不倫の果ての離婚や Amazon の CEO 退任など私生活にも関わるトピックを含んでいて、またしても読みごたえのある内容に違いない。

家のバイブを一瞬にしてアゲてくれる聖杯レベルの12冊のアート本

www.gq.com

おい、本はアクセサリーじゃないぞ、という反発もあろうが、どういうアート本があがっているんだろうと気になるところ。

結構な年代物の本が多くチョイスされており、もはや新品も手に入らないものばかりだし、邦訳が出ているものもほぼない。

しかし、日本に関係する本がいくつか入っているので、それを中心に紹介しておきたい。

まず、Pointed Leaf Press の創業者であるスザンヌ・スレージン、『ダイニングキッチンブック』(asin:4882827298)、『ホームデザインブック』(asin:4882827492)、『ガーデンアイデア1000』(asin:4766120892)といった邦訳もあるスタッフォード・クリフらによるズバリ『Japanese Style』という本。

そして、アメリカ人のモダンアート史家のサム・ハンター(Sam Hunter)による『Isamu Noguchi』。いうまでもなく、日系アメリカ人の彫刻家、造園家イサム・ノグチについての本ですね。

イサム・ノグチについては、イサム・ノグチ庭園美術館のサイトをお勧めしたいが、Firefox で見ると文字化けするんだよな……。

そして、日本人による本も入っている。倉橋正の写真、横尾忠則の編集による『Shoot Diary』である。

写真家・倉橋正が1971年から1981年にかけての10年間、横尾忠則に密着したドキュメンタリー写真集。装丁・編集は被写体である横尾忠則が担当している。
帯文には、「横尾忠則は、ぼくにとって『年表の目盛』のよーな人である。この本をめくっていると、あらためて、時代の流れの要所要所には必ずYOKOOのしるしが残されていることに気付く。」(糸井重里)
「これは横尾忠則の写真集である」(荒木経惟)とある。

倉橋正=写真・横尾忠則=編集 Shoot Diary - ショット・ダイアリィ | タイムカプセル

残念ながら、この本は Amazon にページがない。

この12冊のリストの中で、まともに新品を入手できるものとなると、シンディ・シャーマンとリチャード・プライス(Richard Prince)による『Robert Longo: Men in the Cities』くらいでしょうか。

ロバート・ロンゴMen in the Cities シリーズについての本だが、映画『アメリカン・サイコ』の主人公パトリック・ベイトマンの部屋に飾られていたアレですよ、というと思い出す人もいるだろうか。

そうそう、ロバート・ロンゴというと、ウィリアム・ギブスン原作(脚本も)でキアヌ・リーブス北野武が共演した映画『JM』の監督でもある。

Netflix『アンディ・ウォーホル・ダイアリーズ』で思い出すジェリー・ホール、ジュリアン・バトラー、ルー・リードの話

Netflix で配信されている『アンディ・ウォーホル・ダイアリーズ』を牛歩の歩みで観ているのだが、このドキュメンタリーについては、人工知能で再現したアンディ・ウォーホル本人の声がナレーションを担当する倫理的な問題も話題になったりした。

普通に聞く分にはナレーションがごく自然に感じられるのだが、ウォーホル本人を知る人にとってはどうなんだろうか。

著名人を含むいろんな人がインタビューを受けているが、個人的には、元ミック・ジャガー夫人、現在はルパート・マードック(!)夫人であるジェリー・ホールにおっとなった。

なぜか? このドキュメンタリーの元である『ウォーホル日記』で、彼女はひどい書かれ方をされてたからである。

というわけで、1989年から2004年まで読者だった雑誌ロッキング・オンのバックナンバーを引用する企画「ロック問はず語り」といきたい。

yamdas.hatenablog.com

昨年、チャーリー・ワッツ追悼を書いたが、今回のソースもこのときと同じ Vanity Fair に1989年に掲載された記事の翻訳(1990年1月号掲載)である。

さて、ジェリー・ホールは『ウォーホル日記』にどう書かれていたのか。

 ただ、上流婦人ジェリーにしてみれば、先頃出版されたアンディ・ウォーホールの日記は痛手な事件だったのかもしれない。何故なら、その中でジェリーについてのあまり格好がいいとは言えないコメントが結構、話題を呼んだからだ。その中で、ウォーホールはジェリーとエレベーターに同乗した時に「ジェリーの体臭はとっても臭かった」と述べ、またジェリー直伝の男の手なずけ方というのも紹介している。それによれば、女たるものは二秒でも手が空いてる時間があるなら、自分の男に尺八仕事をすることに限るとジェリーが講釈を垂れたというのだ。

なかなかすごい話である。これに対してジェリー・ホールはどんな反応だったのか(引用中、「ビアンカ」とあるのは、元ミック・ジャガー夫人のビアンカジャガーのこと)。

同じようにこの日記に登場するビアンカに至っては怒髪天を衝いたらしく、現在訴訟まで起こしているが、ジェリーの場合は、やはり、笑っておしまいにするだけだと言う。
「私ねぇ、あまりこういうの気にならないのよねぇ……やっぱり、気にするだけ馬鹿よ。エネルギーの無駄ってもんだわ」

これを最初に読んだときは、強がって余裕な風に見せているのでは? と勘繰る気持ちもあったが、『ウォーホル日記』についてのドキュメンタリーに堂々と登場してインタビューを受けているのは、本当にジェリー・ホールという人は度量が広いのだろう。

そういえば、少し前にとても楽しく読ませてもらった川本直『ジュリアン・バトラーの真実の生涯』でも、アンディ・ウォーホルゴア・ヴィダルトルーマン・カポーティとともに重要な登場人物だったりする。

小説でウォーホルが主に登場する時代と、彼が日記を書いていた時代がズレるので、『ジュリアン・バトラー』の読者も『アンディ・ウォーホル・ダイアリーズ』は必見! とは言えないのだが、クィアとしてのウォーホルを知る意味ではこのドキュメンタリーは有用だろう。

www.theguardian.com

アンディ・ウォーホル絡みではこれも取り上げておきたい。

ルー・リードジョン・ケイルが、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドで袂を分かって以来、およそ20年ぶりに本格的に共作した傑作『Songs for Drella』の映像版は、マスターが長らく紛失状態にあったらしいが、無事それが発見されたのを受けて、この映像版を監督したエドワード・ラックマントッド・ヘインズ監督作品の撮影監督を多く務めている)がインタビューを答えている。

ラックマンが撮影の許諾を求めると、ルー・リードが「ステージ上にカメラがあるのを見たくないし、俺と観客の間にカメラがあるのも見たくない」と要求したため、それならどうやって撮ればいいんだよ……と困ったそうな(ステージ上の映像はリハーサル時に撮影することで事なきを得た)。

この久方ぶりの共演が実現したのも、ルー・リードジョン・ケイルがウォーホルの告別式で再会したからで、この『Songs for Drella』という作品自体、ウォーホルの人生をフィクション化したものである。また、アルバムのクライマックスである "A Dream" は、『ウォーホル日記』なしにはありえなかった。

『ウォーホル日記』におけるルー・リードジョン・ケイルについての記述に、特にルーがショックを受けたのは間違いなく、それはアルバムラストの "Hello It's Me" における「あなたの日記は墓碑銘にはふさわしくない」という歌詞にも表現されている。

この映像版も素晴らしいのだけど、ワタシ的にはやはりこの作品は一度アルバムで聴いてほしい。全編たった二人の演奏なのに、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの強力な暗黒マジックが立ち上っている。

Songs for Drella

Songs for Drella

Amazon

しかしなぁ、『アンディ・ウォーホル・ダイアリーズ』は Netflixトッド・ヘインズが手がけたヴェルヴェット・アンダーグラウンドのドキュメンタリーApple TV+、そして今回『Songs for Drella』がストリーミング配信されるのは Mubi(知らん……)とバラバラなのはなんとかならんかなぁ。

THE BATMAN-ザ・バットマン-

少し前にようやく『ドライブ・マイ・カー』を観た後にまた3時間の映画と考えるだけで萎えるところもあったが、本作は評判も良いようで、またバットマン役のロバート・パティンソンは、『TENET テネット』でワタシの中で株が上がっていたので、3月末になぜか故郷の映画館で観た。土曜昼の上映で客は10人前後。

本当に3時間の映画とかカンベンしてほしい。そうした映画は、劇場公開時にはインターミッションを入れてほしいと切に願うのだが(ディスクや配信ではカットしていいから)、本作はその長丁場を感じさせない膀胱的プレッシャーを忘れさせてくれる出来だった。

しかし、バットマンというのも難儀な存在である。本作でも、事件現場に彼が当然のように入ろうとして、おいおい、なんでこいつがいるんだよ、と止められる場面があるが、本作のノワール探偵としてのバットマンと異形のクライムハンターを絵面的に両立させるのは難しい。

そこで本作では、ノーラン三部作のシカゴ、『ジョーカー』でのニューヨークとも違う、夜と雨の場面ばかりで陰鬱で病んだ暗黒都市としてのゴッサム・シティを再構築するのに時間をかけている。

カート・コバーンのイメージを重ねたという不健康そうなブルース・ウェインだが、探偵としてはビシバシ有能に謎を解決していき……と思ったら、謎解きを思いきり間違えてペンギン(あれコリン・ファレルだったのか!)にどやされてるのが笑えた。未熟なヒーローを描くというのもなかなか難儀ということだろうが、そうしたマヌケさも本作の主人公にエモさを加えている(とか書くと刺されそう)。

本作のバットマン映画としての各要素を見ていけば、正直本作に画期的なところはないのだけど、やはりこれだけ夜と雨を強調した映像を劇場のスクリーンで観れてよかった、と気分良く映画館をあとにできた。続編にも行くんだろうな。

ナイトメア・アリー

レイトショーで観たのだが、客はワタシの他にもう一人だけだった……。

今年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた10作のうち、『ドント・ルック・アップ』と『パワー・オブ・ザ・ドッグ』は Netflix『DUNE/デューン 砂の惑星』『Coda コーダ あいのうた』、そして『ドライブ・マイ・カー』は映画館で鑑賞済みだ。

で、アカデミー賞に作品賞をはじめ4部門にノミネートされるも無冠に終わり、また興行的にも思い切りコケてしまった、というか『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』に持っていかれちゃった本作だけど、これまでに観た作品賞ノミネート作品の中では、本作が一番好きだったりする。まぁ、これが『Coda コーダ あいのうた』より良い映画かとなると口ごもるけど。

本作については、予告編以上の予備知識をまったくもたないまま、『シェイプ・オブ・ウォーター』に続くギレルモ・デル・トロの監督作ということで観に行った。第二次世界大戦直後に書かれた小説(asin:4151848517)が原作で、当時映画化されているが、もちろんそちらは未見。

そうした昔の小説を原作としていて、ブラッドリー・クーパー演じる主人公が増長してやがて転落する物語という意味で、結末にいたる話の流れはある程度予想できるのだけど、それだけに古典的な物語の力も感じる映画だった。

本作は、過去ありげな主人公が、怪しげな見世物小屋に身を寄せるところから始まる。予告編だけみて、何よりこの監督の作品なので、おどろおどろしいフリークス寄りの話かと思っていたら、主人公は見世物小屋から早々に離れてしまう。そうした意味では肩透かしだったが、舞台が都会に移ってから登場するケイト・ブランシェット精神科医役になんとなく『マインドハンター』を感じていたら、ホルト・マッキャラニーが登場して、それだけで個人的にものすごく嬉しくなってしまった。

見世物小屋で身につけた読唇術を、それを教えたピーター言うところの幽霊話(だっけ?)に使ううちに主人公は一線を越えてしまうのだけど、そうした因果応報な筋立てはありがちながら、一方で救いを求める人間が聞きたい話を金のためにする欺瞞とそれがもたらす悲劇に、今どきな人心のハックや陰謀論との関連を感じるところもあり、そうした意味で本作にも現代的な意義はちゃんとあるのですよ。

前半の見世物小屋、特に予告編でも強調されている獣人の話は何の意味があったのだろう、という伏線を回収するラストにおいて、落ちぶれ、汚い笑顔で「これは宿命なんです」という主人公をみて、ブラッドリー・クーパーは優れた映画製作者だと思った。

アカデミー賞の衰退だけではなく、我々は「映画の終焉」を見ているのではないか?

www.nytimes.com

ご存知の通り、今年のアカデミー賞は、どの作品が、誰がオスカーをとったというのでなく、「ウィル・スミスがクリス・ロックをビンタした」アカデミー賞としてしか記憶されないのが確定してしまいました。

この New York Times の記事はアカデミー賞発表前に公開されたもので、書いているロス・ドゥザット(Ross Douthat)は、映画でなく政治が専門の保守系コラムニスト。

授賞式のテレビ放送の視聴率が低迷し続けるアカデミー賞の衰退については、どこか的が外れたテコ入れとあわせて、番組が長すぎるだの、多様性が足らないだのいろいろ言われている。

ロス・ドゥザットは、真の芸術性を目指し、有名スター、鮮やかな映像や音楽を大きなスクリーンで鑑賞するために作られた、難解過ぎず、一方でアメコミの超大作映画化でもない、まじめな大人を対象とする映画が姿を消してしまっているからと考えているが、これもよく言われる意見だ。

確かに今年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた10作を見ると、その条件を満たしたものが多いのだけど(そうした意味で『ドライブ・マイ・カー』が入っているのが、ロス・ドゥザットは不服そうだ)、しかし、そうした映画を映画館に観に行く人がはっきり少なくなっている現実がある。ノミネート10作品のアメリカでの興行収入をすべて足しても、『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』の4分の1程度に過ぎないというのは厳しい。

つまり、ハリウッドが昔ながらの魔法をかけようとしても、大衆はそれをもはや求めていないようなのだ。

もちろんこの興行成績の偏りは、年輩の映画ファンを劇場から遠ざけるコロナ禍が影響しているのは間違いないが、これは単にアカデミー賞の衰退というだけでなく、我々は今「映画の終わり」を見ているのではないか、とロス・ドゥザットは書く。

これを書いているのが保守系コラムニストなのを指摘するまでもなく、この「映画の終わり」という言い回しは、フランシス・フクヤマの『歴史の終わり』(asin:4837958001asin:483795801X)を意識したものだが、もちろん映画が消滅してしまうという意味ではなく、アメリカの大衆芸術の中心にして、有名人を生み出す重要なエンジン、ポップカルチャーの聖堂たる大画面のエンターテイメントとしての映画が過去のものとなるということ。

かつて映画を滅ぼすと言われたテレビもホームビデオも、実は映画を根本的に脅かすものではなく、人材の供給源などとしてその延命にむしろ手を貸した。この記事では、テレビから映画に進出したスターの例としてブルース・ウィリスの名前が挙げられていて、ご存知の通り、その彼が先ごろ失語症のため俳優業からの引退を公表しているのも、なんというか符合めいたものを感じる。

そしてこの記事では、映画史上最高の年としての1999年について触れられているが、1990年代後半のティーンエイジャー(それはつまり、ロス・ドゥザット自身のことでもある)にとって映画(館)は、重要なイニシエーションの場だった。

その後の変化、グローバリゼーションによる文化的な特殊性を抑えたよりシンプルなステーリーテリング、インターネットやスマートフォンの影響の話はもはやお決まりと言ってよい。テクノロジーの進歩により可能になった特撮主導のブロックバスター映画は、先行作品以上にファンダム文化に力を与えたが、「西洋文化の全体的なティーンエイジャー化」ももたらした。

そして、以上の流れを踏まえ、ハリウッドがティーンエイジャーの好みや感性に合わせたスーパーヒーロー映画に依存する一方で、ストリーミングプラットフォームで配信される連続ドラマは、キャスティング、演出、宣伝の面で、もはやかつての典型的な映画と区別できなくなっている。そして、今やテレビドラマのコンテンツの多さは尋常ではない。そして、超越的、象徴的な人物としての映画スターというのも、時代遅れになってしまっている。

ロス・ドゥザットは、いくら膨大にテレビドラマが提供されようとも、小さなスクリーンで語られる物語は、かつての「映画」とは別ものと考えている。その根拠として、映像、音楽、音響編集をあわせた没入型体験としての映画のスケールが持つ力を放棄していること、連続テレビドラマは映画の凝縮性、完結性を放棄していることの二つを挙げている。

確かに『ザ・ソプラノズ』は映画では実現できないような人物造形や心理描写をしているが、『ゴッドファーザー』のほうがより完成度が高い作品であることにかわりはない、と著者は断じる。

では、そうした小さなスクリーンが大きなスクリーンより優勢で、スーパーヒーローの大作と連続テレビドラマに支配される世界で、映画ファンは何を求めるべきなのか?

そこでロス・ドゥザットは、修復(restoration)と保存(preservation)の二つを挙げている。ここでワタシは、「修復と保存って古い絵画の話かよ!」と内心突っ込んでしまった。修復といってもそれは『タイタニック』がアカデミー賞を独占し、著者がティーンエイジャーだった1998年を取り戻すことではなく、アメコミの超大作映画化でない大衆映画が、もう少し現実的で魅力的な世界を望むということだ。

希望的な要素として、地政学の変化、つまり中国で欧米の映画があまり歓迎されなくなり、ご存知の通りロシアは多くの民主主義国家に背を向ける脱グローバリズムの時代を根拠に挙げるところは政治コラムニストならではか。それにより全世界で10億ドルを稼ぐことを目指す映画だけでなく、もう少し小規模で大人向けの映画の復活に期待したいようだが、現実には『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』に大方の興行収入をもっていかれ、『ウエスト・サイド・ストーリー』と『ナイトメア・アリー』がコケてしまった現実をみると、その道は簡単ではない

そこでロス・ドゥザットは、ある種の美的体験は自動的に維持、継承されるものではないのだから、優れた映画との出会いをリベラルアーツ教育の一環とする「保存」を映画を愛する人は考えなければならないと主張していて、古典芸能の話かよ、とワタシなど思ったが、著者もこれは「燃えている家に翼を足すようなものかもしれないが」と断っている。

「20世紀の映画は、21世紀の若者にとって過去への架け橋、映画を形作った古い芸術様式との接点になる」、「昔は当たり前のようにあった「愛」を教育するために、励ましと庇護が必要」とまで書かれると、うーむ、もはや映画はそんな言葉で語る存在なのか、とも思ってしまうのが正直なところ。

この文章を中心となる「映画の終わり」の話、具体的にはアメコミ原作のブロックバスター超大作とストリーミング配信サービスのテレビドラマの二極化についても、例えば宇野維正氏の文章やツイートを追っていれば既知の話なのだけど、ここまで古典芸能のごとく「修復と保存」が必要と一般紙で正面切って書かれるのも、遂にアカデミー賞でストリーミング配信作品が作品賞をとった2022年(といっても日本だけ、『Coda コーダ あいのうた』Apple TV+ で配信されていない……)の一つの視座なのだろう。

ネタ元は Slashdot

フランシス・フォード・コッポラが『ゴッドファーザー』三部作、『地獄の黙示録』他を語るインタビュー映像

www.openculture.com

今年は『ゴッドファーザー』公開から50周年ということで、こないだのアカデミー賞でもフランシス・フォード・コッポラアル・パチーノロバート・デ・ニーロが登壇していたが、GQ の30分近くのインタビューで、『ゴッドファーザー』シリーズをはじめとする彼の代表作、そして実現すれば最後の監督作になるであろう『Megalopolis』について語っている。

コッポラは『ゴッドファーザー』や『地獄の黙示録』といった代表作を「セーフティーネットのない本物の映画」と呼んでいるが、今では映画史に残る古典でも、当時は制作自体が危険だらけだった。

エリア・カザンから学んだこととして、どんな映画もそれが何の映画か一言で語れなければならないということで、コッポラは『ゴッドファーザー』は「継承(succession)」、『地獄の黙示録』は「倫理(morality)」、『カンバセーション…盗聴…』は「プライバシー」の映画と語っている。

そういえば『カンバセーション…盗聴…』、ワタシまだ観てないんだよな。コッポラが再編集した『ゴッドファーザー(最終章)マイケル・コルレオーネの最期』も。いかんなぁ。

さて、コッポラは『ゴッドファーザー』を作るまでマフィアについて何も知らなかったとか、映画会社は『ゴッドファーザー PART II』という続編であることが分かるタイトルを嫌がったが、今ではそういうタイトルがありふれたものになっていることなどの逸話を交えながら饒舌に語っている。

そして『Megalopolis』についても語っているが、正直具体的な話は出てこない。上記の映画を一つの単語で表すので言うと、『Megalopolis』は「誠実(Sincerity)」の映画とのこと。

theriver.jp

そうそう、『ゴッドファーザー』制作の舞台裏をドラマ化した「The Offer」が今月末に配信開始となる……のだが、Paramount+ 制作ということは、日本ではいつどこで観れるのやら。

そういえば、「邦訳の刊行が期待される洋書を紹介しまくることにする(2017年版)」で取り上げた The Godfather Notebook の邦訳は結局出なかったか。

リッキー・リー・ジョーンズが自伝を出していたのか

www.hotwirejapan.com

この記事を見るまで、リッキー・リー・ジョーンズが自伝『Last Chance Texaco』を出していたのを知らなかった。

彼女の YouTube チャンネルにも予告編があがっていた。

Hotwire Japan の記事にもあるように、彼女の曲でもっとも有名なのはヒット曲「Chuck E.'s in Love(恋するチャック)」なのだけど(この曲のモデルである Chuck E. Weiss は昨年亡くなっている)、ワタシが彼女の曲で一番好きなのは、同じく彼女のデビューアルバム(asin:B01HSFPCDE)に収められている「Last Chance Texaco」で、「ワタシに魔法をかけた洋楽100曲リスト」にも入れているくらい。

なので、彼女が自伝のタイトルにこの曲を冠してくれただけで何か嬉しくなる。

それでは曲を聴いてもらいましょう(彼女の公式 YouTube チャンネルから堂々と引っ張れるのはありがたいことだ)。

最近のツアーも好評、自伝の評価も高いようで何よりである。邦訳出てくれないかねぇ。

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